2016再開祭 | 桃李成蹊・番外 ~ 慶煕 2017・2

 

 

本当に判らん。一体何が起きたか。
敵を追っていた訳でも、敵を撒こうとしていた訳でも無く、天門が目前にあった訳でもない。

総てが普段と何ら変わらなかった。
いつもと同じ宅の悴む冬の寝屋、温かいあの方を腕に抱いて起きた。
同じ刻、同じ倖せな目醒めだった。

連れ立って参内し、降り頻る粉雪の中を典医寺へ送った後に迂達赤兵舎へ行った。
兵の奴らに朝の鍛錬をつけ、その後王様に拝謁を賜った。
御前で春よりの戦の見通しと鍛錬の予定を御報告し、兵舎へと回廊を戻っていた。

灰色の雪景色の中、物置となっている人気のない深閑とした一角へ差し掛かった。
いつもなら暗く沈んだような脇回廊の奥が、妙に明るく光っていた。

真先に頭を過ったのは出火だった。
冬の出火は強い乾風に煽られれば見る間に広まる。
その瞬時の見誤りが命取りとなる。

出火ならば即座に王様、そして王妃媽媽に御避難頂かねばならん。
しかし出火に付き物の焦げる臭いも熱風も爆ぜるような音も無い。
誤って騒いで却って騒ぎを大きくする訳には行かぬと、俺は迷わず独りで脇回廊へ飛び込んだ。
懐にいつもの通り、警笛がある事だけを指先で確かめてから。

出火か否か。状況を確かめ必要なら即座に人を呼ぶと判じた。
ただそれだけの事だった。 憶えているのは其処までだ。

気付けばこの舘の冷え切った奥廊下、見知らぬ処に立っていた。

王命があった訳ではない。天界へ来る理由は何一つ浮かばん。
先ず浮かんだ、お前が無意識に、だからこそ強く呼んだかと。
しかし男は首を振る。そうなれば思い当たることは全く無い。
「本当に全て順調だな」

改めて確かめる俺に頷き返す己と同じ形の目に、疚しい気配は無い。
「うん。ヨンさんのおかげでドラマは好調だった。放送はもう終わったけど、後で見せるよ。
今日はファンミーティング、この後は撮影で海外、あとはドキュメンタリーのプロモとか」
「・・・その後は行くのか」

思い出す。この国の男ならば果たさねばならぬ役目がある事。
戦う気の無い男、守る者の無い男を頭数だけ集め何の役に立つのかと思わざるを得んが、それが天界の則なのだろう。
「そうだね。春になったら。まだ正式な令状はないけど」
「二年などすぐだ」
「そう思いたい。インタビューで先輩方も、経験者のスタッフもみんなそう言うし。それより」

ミンホは向かい合う俺を改めて見た。
「せっかくだし、見てって欲しいんだ。俺の仕事姿、初めてでしょ?その後ヨンさんの対策を練らなきゃ。
だけど、その鎧じゃさすがに」

その声に長椅子に腰掛けた己の姿を見降ろす。
確かに天界で麒麟鎧に鬼剣を握っていたのでは身動きも取れん。
何れにせよ目立ち過ぎる。周囲からも怪しまれるだろう。
それは廊下ですれ違った奴らの視線を思い出すだけでも明らかだ。

ちーふまねーじゃーが心得ているとばかり頷いて立ち上がり
「サイズはよく覚えてるよ。すぐに取り寄せる。ちょっと待ってろ」
そう言って胸からすまほを抜くと、その画面を指先で操る。

すぐに部屋の扉が遠慮がちに叩かれ、其処から見知らぬ女人が顔を突き出した。
「お待たせしました。急ぎだったので、簡単なものですが」
そう言って両腕に抱えた天界の衣を差し出す。
ちーふまねーじゃーの男が素早く扉に走り、その衣を受け取った。
「悪いね」

ミンホも席から立ち上がり、扉前の女人に向けて小さく笑い掛ける。
「ありがとうございます」
「いえ、とんでもない。何かあったらいつでも呼んで下さい」
女人は嬉しそうに頭を下げると、閉じる扉から頭を引込めた。

「相変わらず好かれているな」
消えた女人の表情を確かめ、俺は奴を振り返る。
あの女人もミンホに仕えているのだろう。
この男が周囲から好かれ可愛がられている事は、影武者を務めた頃に身を持って知っている。
旅先で酒に誘われ、撮影現場で監督らに丁寧に声を掛けられ、じむではとれーなーにまで配慮を受けている。

今も変わらぬ周囲の応対に苦く笑んで言う俺に、奴は何処か沈んだ濃茶の瞳で俺を見た。
「自分のスタッフは、もう家族みたいなものだからね」
それが何を意味するのかを掴み切れぬまま
「ヨンさん、ここなら誰も来ませんから。着替えちゃって下さい」

天界の衣を腕に手招くちーふまねーじゃーに呼ばれ続く小部屋へ導かれながら、奴を振り返る。
奴は先刻の愁い顔などなかったかのように、そんな俺に頷きながら手を振った。

 

 

 

 

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