「大護軍!!」
御料牧場へ近づいた処で、背後から届く足音と呼び声。
「良かった、間に合いました」
余程急いだらしい。弾んだ息のままチュンソクが言いながら半歩後に従いた。
「王様は如何だ」
「お変わりありません。この後は乙組が付きます。鍛錬は」
「死なん程度だ」
「・・・はあ」
並び歩く春の道。
視界の先には広々とした新緑の牧草地と、それを囲う柵が見える。
柵の前に見える二つの姿はあの方、もう一つは恐らくトギだろう。
テマンとトクマンの姿が見えん。
柵へと近寄って行けば、柵内の鹿を追いながら縄を振り回し走る上背の高い影。
「一人で捕らえる気か」
呆れた息交じりの声に、チュンソクも視線の先を追って頷いた。
「・・・ああ、トクマンですね。恐らくそのつもりでしょうが・・・」
「徒労だ」
「はい」
あいつに捕まる鹿がいる訳が無い。鹿の前に自分が疲れてへたり込むのが関の山。
「しかし大護軍、テマンが見えませんが」
確かに無駄に走り回っているのは、その影一つ。
もう一つあるべき姿は、影も形も見えない。
「木の上か、牧草の影か」
山で会って以来、奴の狩りを見るのは初めてになる。
あの方が鹿を傷つけるのを厭う以上、得意の石礫は使えない。
その声にチュンソクは同意するように頷く。
「待ち伏せですか」
「・・・さあな」
近寄る俺達に気付いたあの方が振り返り、此方へ向かい駈けて来る。
「ヨンア!チュンソク隊長!」
この腕の中へ飛び込んで来る寸前に気付き、騒々しい沓が止まる。
伸ばしたげな指を抑えるように小さな拳を握り込み、息を弾ませ俺の顔色を確かめる。
チュンソクの目を気にして、頬に触れるのを堪えているのか。
大丈夫だと頷いて見せると、その顔に無理に笑みを浮かべる。
それでも心底納得はしていない。触れて確かめねば気が済まない。
同じだ。俺も、そしてあなたも。
「首尾は」
尋ねる声に柵内を振り向くと、この方は困ったように首を振った。
「まだ捕まらないの。トクマン君は走り回ってるけど、テマンは」
細い指が緑の丘の勾配の中腹に立つ木の辺りを指す。
光の中に目を凝らせば、風に靡く牧草の合間。
奴の衣の端が見え隠れし、俺とチュンソクは同時に頷いた。
「さっきからああして寝っ転がったままよ。管理人さんが用意してくれた縄も、いらないって断わってた。鹿を傷つけたくないみたい」
「はい」
まずは警戒心を解こうとしている。
如何にも奴らしい接近法に頷けば、この方は心配そうに肩向うのトギの姿を確かめ声を落とした。
「トギとは険悪なまんま。昨日より悪いわ。トギもすっかりヘソを曲げちゃってるし、誰かさんに似てテマンも頑固だから」
「チュンソク」
「は、大護軍」
その皮肉を遣り過ごし声を掛けると、チュンソクが直立不動に直る。
「トクマンに加勢しろ」
「判りました」
奴は頷くと柵の扉へと走る。錠前を開けて滑り込み内側から腕を伸ばして掛け直すと
「トクマニ」
呼びながら奴らが合流し、額を突き合せ何やら短く声を交わす。
その様子を横目にこの方がようやく俺の頬に手を当てる。
顔色を確かめ、額の熱を計り、頸と手首の脈を読むと、心からの笑みを浮かべる。
「うん、大丈夫」
触れる事、確かめる事、それであなたが安堵するなら構わない。
医官としての役目であれば、他の誰の目に遠慮する事もない。
それでも躊躇うのは俺の面目を保つ為か、それとも照れか。
考える程に愛おしい。愛おし過ぎて詫びたくなる。
俺がこんなに堅物で融通が利かぬから、体面をまず考えてしまうから。
気付かぬ処で、あなたにを不安にさせているのかと。
しかし詫びたところであなたは返すに決まっている。
違う、二人きりの方が正確な診立てが出来るからだ。 急を要する時には、人が居ようが居まいが関係ない。
そう言って俺の心の重石を取り除く事だけを考える。
一面の牧草を揺らす風が、あなたの髪を乱して過ぎる。
柵向うの奴らを確かめながらその乱れ髪を直す振りで、柔らかい髪を一度だけ撫でる。
あなたは俺を仰ぎ見て、射し込む春の光でいつもより明るい色の瞳を三日月に緩める。
一歩だけ踏み出せば良い。少しでも早く気付けば良い。
そうすれば判る。答は簡単に出来ている。
一体何が引っ掛かっている、テマン。

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トクマンおつかれ~…
君が動いてる間 鹿は近くに来ないかも(笑)
テマンが正解だと思うけど…
まだまだかかるかな~
テマンの様子が気になっちゃう ウンス
それをひっくるめて
かわいいな~ (●´ω`●)ゞ
デレデレ…
それどころじゃないけどね