2016 再開祭 | 寒椿・結篇 〈 上 〉

 

 

雪のせいか、それとも時代のせいか。夜は余りに長くて寒い。
こんな時代なら愛する人間を大切に出来るのかもしれない。
さっきの崔瑩とウンスの様子を見ていて、ふとそう思った。
PC、モバイル機器、TV、新聞、雑誌、身近に娯楽はない。
町に行けば酒を呑む場所くらいはあるだろうが、そうそう毎晩呑み歩く奴らばかりではないだろう。
そうすれば共にいる相手に向かい合う事になる。向かい合えば自然と言葉のひとつやふたつ交わす。

崔瑩と話してからというもの、どうにも落ち着かない。最初はあれ程ウンスに会いたかった筈なのに。
正直、崔瑩という歴史上の人物の事など想像もつかなかった。
防犯ビデオを何度繰り返し再生しても、実際に対面するとは考えもしなかった。
だからこの眸で見た後にも何処かしら、奴は空想上の人物に近かった。
現実味を帯びて、過去に本当に存在する人間だとはどうしても思えなかった。

けれど会ってしまった後の、何とも言いようのない違和感。
防犯ビデオと同じ顔、同じ男と判ってはいる。だがこの違和感の発生源は、そんなところではなくて。

その時突然叩かれた部屋のドアに、ベッドの上で顔を上げる。
こんな夜中、と思ったが、そうではなさそうだ。
左手首に巻かれた時計は、まだ20:14の表示。
異次元空間で電波時計の時刻表示が正確なのか、疑問は残るが。
「はい」

ベッドとは到底呼びたくないその台の上から降り、ドアに向けて歩きながら返事をする。
無言のままのドアの向こうに首を傾げながら開くと、廊下に漂う凍るような冷気が一気に部屋に流れ込んで来た。

白い息を吐きながらロウソク明かりだけの薄暗い廊下に立った背の高い男が、こっちを見たまま不愛想に顎をしゃくる。
「来い」
返事も聞かずに歩き出そうとしたその男の背に声を掛ける。
「いや、部屋で話そう」

男は廊下で足を止め、横顔の肩越しに視線だけを寄越した。
悪いがこっちは21世紀の現代人だ。
建物内で吐く息が白くなるような暮らしにも、そんな環境にも慣れていない。
建物内のどこに移動しようと、室温は大して変わらないだろう。

それに聞きたい事もある。お前がわざわざ出向いて来たように。
いずれにしても周囲に他人がいないのが望ましい。
盗聴を避ける密談の基本だ。可能な限り自分のテリトリー内で。
まあ奴にアドヴァンテージを握られたくないという本音もある。
「早く入ってくれ。暖気が逃げる」

廊下でそんな短い言葉を交わすのも苦痛な程に寒い。
言いたい事だけ言って部屋に引込んだ背後、開けたままの部屋のドアから崔瑩が入って来ると、静かにそれを閉じた。

 

*****

 

「で?突然の訪問の理由を教えてくれ」

夜半に突然訪ねた俺を招き入れたは良いものの、その意図を図り兼ねて居るのだろう。
男はありありと不審な色を湛えた目付きでそれだけ言って黙り込む。

判っている。互いに顔を突き合わせても話す事など碌にない。
手短に済ませるのが双方ともに吉。
「先刻の話」
「不特定要素の事か?」
「ああ」
少なくとも言葉を聞く限り、この男の話は筋が通っていた。

「馬鹿げていると自分でも判る。ただ聞け」
「判った」
男は頷くと、向かい合い腰を下ろした椅子の上で姿勢を正す。

いざこうして改まると、何処から話すべきか判らない。
短い言葉が口をつくに任せ、俺はぼつぼつと話し出す。

俺が初めてあの方に逢った事。
王命で否応なく向かったあの輝く天界での出来事。

あの時天門が開いたのは、本当に偶さかだったのだろうか。
あの夜、王妃媽媽が侵入した賊に斬りつけられたのは。
進退窮まった侍医が天界の医官の話を持ち出したのは。
生きる気も欲もなく、死を数えた俺が天界に向かったのは。

あの夜に全てが変わった。今にして思えば何とでも言える。
では行かなければ、どうなっていただろう。
俺は今も生きていただろうか。この生に執着しただろうか。

出逢って以来、あの方だけが俺を生かしている。
傷が元で一度は止まった心の臓を再び動かして。
その後は必ず帰すという誓いに縛り付けられて。
そして今は護りたいという慾に駆り立てられて。

あの方と離れた時、天界の手帳に書かれた俺の命運が変わった。
つまり其処で、俺とあの方の縁は一旦途切れたのではないのか。
もしも眸の前の男があの方を助けねば、縁はそのまま切れたのではないか。
俺はあの方を探し続け、高麗でない世の何処かで生を終えたのではないか。

そうすればあの方の知る天の手帳の全ては起こり得ない。
俺が後世に名を残す事も、父上の金言が伝わる事もないだろう。

これこそがこの男、そしてあの方のおっしゃった言葉を元に俺が立てた仮説だ。

あの方と離れ、縁は一旦切れた。
そしてこの男が助け元に戻った。

「・・・有り得なくはない」

本当に黙って話を聞いていた男は、俺の最後の声が終わってから暫し待ってそれだけ言った。
余りにも馬鹿げた、突拍子もない話。
けれど先刻この男の話を聞き、その眉の傷を見つけた時にこの頭の中を過った、最大の仮定。
もしかしたら、この男は。

「キム・テウ」
「何だ?」
「お前は、もしや・・・」

それは即ち、この男が俺であるという意味ではないのか。

下らな過ぎて、さすがに口にする気にもならぬ。
そして言葉尻を呑まれるのが嫌いと言っていた筈の男も、此度は追っては来なかった。

一度切れた縁を再び結ぶ。それは己のこの手以外で為せるのか。
しかしこの男はやってのけた。この男が教えたとあの方も言った。

あの方の知る天の手帳通りの俺の命運が戻っている。
歴戦の無敗を重ね、倭寇を、そして紅巾族を退けて。

二度と知りたくなくて避けていたと、あの方は言った。
あなたの事を考えるのをやめようと思ったの。
奉恩寺にも行かず、高麗のことも考えず、死んだみたいに生きるしかないと思った。
でもテウと出会ってから全てが元通りになった。
あなたが歴史通りに生きてる事も、彼が教えてくれた。
そして門を開くのを調べて、私を帰してくれた。

天界から戻って来て、確かにそう言った。
だとすれば他にどんな仮説が立てられるというのだ。

最も腑に落ちる仮説。
目前のキム・テウは俺の輪廻。

奴も考えたくはないのだろう。
無言で卓向いから、此方を凝視し首を振った。

 

 

 

 

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