2016再開祭 | 桑弧蓬矢・肆

 

 

「王子さま、あー。出来ますか?あー。うーんお上手ですねー」

この方は抱かれたままの韵様の頬に手を当て、その御目の前でご自分の口を丸く大きく開いて見せる。
真似して開いたその御口を指でもう少し開かせて覗き、
「王様、媽媽、申し訳ないですが王子さまの服、ちょっと脱がせます。ヨンア、王子さまをここに寝かせて」

言うが早いが韵様の御寝台を指す。
抱いた腕から其処へ韵様を降ろすと、この方の手が素早く韵様の絹衣の紐を解き、袷を開く。

着込んだ衣が開き涼しくなったか、韵様が御機嫌良さそうに笑う。
「うん、気持ちいいですねー。暑かったですねー。お腹に水疱はなし、ちょっとだけおしめ取りましょうねー」

いつものどの診察時よりも優しく柔らかい笑顔と口調ではあるが、動作には全く迷いがない。
次々衣を解かれ肌を露にされる韵様の御姿に、チュンソクと内官長が直視を避け目を下げる。
「お尻もキレイですよー。あんよ、見せて下さいね」

最後に韵様の小さな足に履いていた柔らかな絹沓を脱がせ、そして下の絹足袋を剥ぎ取ると
「ああ、判りました。だいじょぶですよー。王子さま本当に強くて御両親思いなんですね。えらいえらい。
生まれた時からですものね。叔母様、申し訳ありませんが、うーんと冷たいお水を桶一杯、お願いして良いですか?」

独りで話し続けるこの方の声以外、御部屋中が静まっている。
呼ばれた叔母上が弾かれたように
「判りました」
それだけ残し扉から転がるように駆け出して行く。

「医仙」
窓外からの蝉声の中、ようやく王妃媽媽の御声が上がる。
「韵は、吾子は何か」
今まで耳にした事もない程に動揺された御声に、この方は自信ありげに頷いた。

「手足口病です、媽媽。お母さんからもらった免疫が切れましたよーってお知らせするような病気です。
かかる赤ちゃんはたくさんいますから、心配ないです」
「手足口病」
「はい。今日から2日くらい、とても高い熱が出ます。その後はこの湿疹が」

そう言ってこの方は寝台に伏された韵様の手の甲を、王妃媽媽が御覧頂きやすいように示した。
「すごくたくさん出るかもしれません。それでいいんです。体内のウイルスを出すのが目的なので。
熱も無理に下げませんし、抗生物質も使いません。ただ汗がたくさん出るのでこまめな着替えが必要です。
お体の清浄、あと辛そうならおでこや首を冷やしてあげるくらいです。
今はご機嫌も良いし、目の焦点も合ってます。
声にも反応しているので今後食欲が落ちたり、意識が混濁しない限り、心配ありません」

滔々と捲し立て、其処で息をつくとこの方の表情が改まる。
「申し訳ないですが、心配なのは王様と媽媽です。抵抗力が落ちていると成人でも感染します。
感染した場合、赤ちゃんは軽症ですが成人では重篤化しますし、かなりつらいので・・・」

言いにくそうに王妃媽媽と王様の御顔を順に見つめた後、頭を下げてこの方は言った。
「お2人は王子さまの完治まで1週間から10日、王子さまのお側には寄れません」
宣言に王様と王妃媽媽は無言で御顔を見合わせた。
「・・・疫病という事ですか、医仙」

王様の御声にこの方はきっぱりと首を振る。
「全然違います。感染経路は3つ。接触、飛沫、経口で、空気感染はしないので。
王子さまのお側で同じ食器を使われたり、発疹に触れたりおむつを替えなければ、全く問題はありません。
でも今までの媽媽を拝見していると、王子さまのお世話全てをご自身でされていらっしゃるでしょう?
そして王様は、媽媽と同じご寝所をお使いなので」

今まで黙ったままこの方の話をお聞きの王妃媽媽が、震える御声で問われる。
「韵の病は、妾の所為ですか。妾が何か吾子に良くないことを」
「いえ、それも違います、媽媽。王子さまのお熱と発疹は媽媽から頂いた免疫機能・・・黴菌と戦う力がなくなった合図です。
これから1人で頑張っていくんだよって、お伝えするために出てきたものです」
「一人で・・・」

王妃媽媽は弱々しい足取りで、韵様の御寝台の脇へ歩まれた。
「ウナ、辛かろう。こんなに熱くなって」
御寝台脇の床へ膝をつき、王妃媽媽は韵様の小さな手を握られる。
「本当に済まぬ。許しておくれ。こんなに長く共に居ったのに。母が気付かなかったばかりに・・・」

普段の俺であればお伝えするだろう。恐らく今水を取りに行っている叔母上も。
王妃媽媽が床にお膝を着いてはなりませぬと。
それでも御母媽媽としての御気持ちが痛い程判るから、誰一人として口を挟めない。
見ぬ振りで視線を逸らす以外。

そして堪えきれなかったのだろう。部屋の全員がその御姿へさりげなく背を向ける。
両の御目から韵様の御顔へ落ちる、音のない夏の雨のような滴に気付いて。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ビックリするわよね
    急な発熱…
    ウンスがいなかったら
    この世の終わりみたいな 大騒ぎになるわよね
    かわいそうに こんなに
    熱くて… 代われるものなら代わってやりたい
    そんな気持ちになるものよねー

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