2016 再開祭 | 貴音 ~ 夢・壱

 

 

【 貴音 ~ 夢 】

 

 

小さな足音が廊下を駆ける。板張りの廊下がぺたぺたと鳴る。
その足音に耳が先に起きる。
しかしこの眸が開く前に、寝屋の扉が無遠慮に開く騒々しい音がする。

ああ、どなたかが開ける扉の音にそっくりだ。
扉の開け方はくどい程にお教えした筈なのに。

東空からの夏の朝陽の射す寝屋の中、その陽より明るい声が響く。

「ちちうえだ!」

柔らかく温かい塊が助走をつけて、眠る胸へ容赦無く落ちて来る。
その重みを全て受け止め妙な具合に潰れた鳩尾に、思わず呻いて眸を開く。

この鼻先に擦りつけるすんなりした鼻の形は、毎夜腕の中に見るあの鼻の稜線に瓜二つだ。

「おきてー!だっこー!!」

耳元の甲高い叫び声に思わず苦笑が浮かぶ。
一番鶏より余程効き目のある声だ。あっという間に目が醒める。
「あああ、ダメ!!」

すぐ後から寝屋へ飛び込んだ、この耳に誰より馴染む足音と叫び声。
小さな叫び声の聞こえた途端、軽くなった鳩尾に息を吐く。

寝付いたのは明け方だ。
夜半に宅へ戻り灯を落とした寝室で確かめた寝顔は、あれ程安らかで可愛いらしかったものを。
目覚めた途端にその小さな塊は、まるで小熊程の勢いと力とで宅中を荒らして回る。

「何度言ったら分かるの!ねんねしてる時の人のお腹に思いっきり飛び乗ったら肋骨が折れるのよ。
いくらアッパでも寝てる時はダメ!アッパが痛い痛いになってもいいの?!」
「ウンスさま、御声が」

扉外の廊下から心配そうに顰めた声まで聞こえてくる。
「大護軍に、もうしばらく寝んで頂かないと」
「そうよ。アッパはね、とっても大変なお仕事してるの。わかる?昨日だってあなたが寝てずーーっと遅くなってから帰って来たのよ。
とっても疲れてるの。ねんねしなきゃ倒れちゃうの!」
「ウンスさま、お嬢様とお外に」
「ああ、そうなんだけど、ダメな事はした時にすぐ言わないと」
「判ります、ですからお部屋の外で」
「ちちうえー!」

その泣き声に朝寝を諦め、寝台の上に跳ね起きる。
起きた途端に腕の中、小さな塊が飛び込んで来る。
「起きたか」
「ちちうえー!」
「どうした」
「ちちうえー!」

いきなりぽろぽろと白く丸い頬に落ちる涙に仰天し、寝台の足元に立ち尽くすこの方へ眸を投げる。
その眸を受けて困ったように、この方が眉を下げて微笑んだ。
「起こしてごめん、でもずっと会いたがってたの。淋しいって。
毎晩あなたの枕を抱っこして寝てたのよ。父上の匂いがするって」

幼さ故にうまく口には出せぬのだろう。
ただ火が点いたように泣く温かい塊を抱き締め、柔らかい頬に伝う涙を両の親指で拭い、切れた息が整うのを待つ。

しゃくり上げていた息がようやく整った処で静かに目を見る。
真赤に腫れたその目許、長い睫毛も俺のこの方に生き写しだ。

そして癇癪で乱れたその薄茶のふわふわと頼りなく細い髪も。
機嫌の悪さのままに尖らせたその紅く小さな薄い唇の輪郭も。
離されまいと夜着の胸元を必死に掴む、小さなその拳の形も。
着替え前の夜着から覗く脛の細さ、足の形、桜貝色の爪先も。

まるで俺のこの方を上手に模した人形程に、全てがそっくりだ。
「淋しかったのか」

その声に鼻を膨らませ、涙をこらえた紅い目が俺を見る。
鼻先をその鼻の頭に寄せれば真一文字に結んだ唇を噛む。
泣き虫のくせに泣くまいと、強がる処までがそっくりだ。

「父も淋しかった」
「ねんね」
飛びついて起こしたくせにそう言って、小さな掌がこの両眸を覆う。

「ちちうえ、ねんねして」
その声にもう一度寝台に横になれば、小さな手が懸命に掛布をこの肩へ掛け直してくれる。
「一緒に朝餉を取るか」

横になったまま、その体には余る大きな掛布を引き摺るように整える吾子へ問い掛ける。
あの方にそっくりな、しかし少し濃い色の瞳が今朝の空のよう晴れるのを見て、俺はもう一度寝台から身を起こした。

 

*****

 

「・・・降りなさい」
「いやっ」
「早く降りなさい」
「いやー」
「3回目よ。次はないわよ。降 り な さい」
「いーやー!」

居間で囲む朝餉の卓。
頑として膝上から退こうとしない小さな体をあの方が強引に抱き上げ、自分の場所へ座らせようと無理に引き剥す。
「あー!!やめてー!!」
「いい加減にしなさい!」
「ちちうえー!!やめてー!ははうえきらいーーっ!!」

脇を固めて抱き上げられた小さな体、むずがって振り回す手足がこの方の肩と言わず腰と言わず乱暴に打つ。

「嫌いで結構です!アッパは疲れてるの、お願いだからご飯の時は静かに食べさせてあげて?ん?」
「イムジャ」
「だって」
「良いか」

この方に抱きあげられたまま、その瞳が此方を見るのを確かめて低い声で窘める。
「例え何があっても母上を嫌いと言うな」
「だってー!」
「だってもさっても無い。二度と言うな」
「・・・ぁい」
「善し」

細い腕の中、尚小さく細い体の乱暴な動きが止まるのを認めてから両の腕を広げて伸ばす。
「おいで」

あの方は諦めたようにその小さな体を床へ下す。
急いで其処から駆け寄って俺の脇へ立つと、栗色の瞳が俺の顔を伺い、そしてあの方を伺った。
そうして覗き込み傾ける首の角度、此方を伺う目線がそっくりだ。

「ちちうえ」
「何だ」
「ごめんなさい」
「父では無い」
「・・・ははうえ」
「なあに」
「ごめんなさい」
「はい、よく言えたね。いいのよ。どれだけ嫌いって言ったって」

あなたが言いつつ俺達の脇へ寄り、床に膝を着き吾子を抱き締める。
そして柔らかい頬へご自身の頬を寄せ、紅い唇で口づけの雨を降らせながら、花のように笑う。
「どれだけ言われたって、オンマはあなたをずーっと愛してるからね。でもご飯はちゃんと座って食べないと、ね?」
「ここが、いいの」

その指が確りと俺の脇を指すのを見て、この方が目を丸くした。

 

 

 

ウンスにそっくりな女の子が生まれて超溺愛。大きくなったらお父様のお嫁さんになると
言われデレデレなヨン。ちょっと眼を離した隙に迷子になって大騒ぎな父と娘の1日を
お願いします。(最後は夢オチで)
(yukaさま)

 

 

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