2016 再開祭 | 絹鳴・前篇

 

 

【 絹鳴 】

 

 

叔母上に手を引かれ、馬車から降り立つその姿。
初めて見る雪白の婚儀の衣装。
秋の透き通る陽射しの許で、息を呑みあなたを見つめた。

結い上げた髪。飾った花。挿した簪。
白絹の高い袷襟、細い両肩。胸下までの短上衣。
左右に縦に並べた丸釦に紐をくぐらせ留めている。

折れそうに華奢な胴。其処から広がる長い下衣。
前裾は絹沓の爪先の覗く丈。後へ行く程長くなる。
歩くたび風を生むように、後ろへと靡くその裳裾。

胡服とも、高麗の衣とも、碧瀾渡で目にする大食国の衣とも違う。
細く柔らかな体の稜線に美しく沿ったその絹衣。

陽に透ける秋の紅葉は美しい。雲一つない青い空も美しい。

しかしトギの拵えた吉祥の花の束を手に、眸の前に立つこの方の美しさは言葉にならない。

最初に見たいと思っていた。この方の晴れ姿を誰より先に見たいと。
今は思う。誰にも見せたくない。もう誰の目にも触れさせたくない。

まさに今から目の前の門向こう、我が家の庭で婚儀を挙げるのに。
その佳き日を祝いに畏れ多くも王様までがお運び頂いているのに。

それまでも散々耳にした。周囲の男の戯言を。
この方がどれ程美しいか。さすがは天女だと。

人目を惹くから見詰めていたのではない。
美しいから目が離せなかったのではない。

離れたら生きられんと思ったのは、その美しさの所為ではない。

それでも人目を惹くのは周知の事実だ。
典医寺の医官服姿でいてもあれ程美しいと言われる方が、純白の婚儀の正装で佇めば。

俺と並び手を携えて庭を母屋へと歩く姿に、そこにいる客達の全員が眩し気に頭を下げる。
この方は珍しく少し緊張した面持ちでこの掌に全てを預け、一歩一歩ゆっくりと庭を進む。

小さな掌に頼られる嬉しさと、見上げる瞳を護りたい慾と。
それに夢中で、その時だけは全ての雑念が消し飛んでいた。

俺達を知る者ならば誰でも来い、晴の門出を祝ってくれと言った。
だからこそ万一潜りこんだ正体不明の者に注意する必要があった。
この方が待ち望んだ婚儀の夢を、無事に済ませたくて忘れていた。

これから始まる婚儀とこの方が望むがーでんの宴を滞りなく終える。
俺にも迂達赤にも極秘裏に、御列席を敢行された王様をお守りする。
その事だけで頭が一杯だった。
王様と火薬屋ムソン、鍛冶を筆頭とした巴巽村の面々。
手裏房と迂達赤の千載一遇の顔合わせに腐心して、到底思い及ばなかった。

今日のこの方が他の目から見てもどれ程美しいのか。

俺達を祝いに来てくれたからこそ、此処に居る奴らがどれ程嬉しくその美しい姿を見詰めているか。

そして嬉しく誇らしいからこそ、口を閉ざし黙っている奴らばかりでは無い事を。

 

*****

 

「大護軍」

迂達赤の扉外は一面の雪景色。
今朝から舞い始めたあの雪白の衣裳を思い出させる初雪が、既に薄らと積もり始めている。

昼でも薄暗い天窓の覆う吹抜で足を止め、呼び掛けた声に振り返る。

其処に佇むチュンソクの顔色が冴えん。
雪で閉ざされた薄明りの所為とばかりは言い切れん。
それが証に黙ったままで、奴は小さく頭を下げ
「お話があるのですが」
と、言い辛そうに切り出した。
「先に鍛錬場の確認だ。来い」

兵舎の扉を抜けた雪の中、足許の新雪を踏み締めて鍛錬場へと進む。
一度積もれば春まで溶けん。暫し屋内での鍛錬が続く。

春になれば忙しい。
双城総管府を喪った元、鴨緑江を超えようと躍起になる紅巾族、そして南を攻め落とそうと狙う倭寇。
横を歩くチュンソクもそれを充分知っている。

雪の中、鍛錬場の遠景を確かめ
「鍛錬室を使う順序を組みます。もう春まで無理でしょう」
その手の庇で吹き付ける雪から目を守り、奴が呟いた。
「ああ」

頷いて踵を返す。その時沓の下で鳴った新雪。

擦れるような小さな音。まざまざと蘇る、あの秋月の光の許の夜。
思わず息を止める俺を、脇に従く男は不思議そうな目で見詰めた。

 

「で」
兵舎の奴の私室。招かれて卓前に座った俺の声にチュンソクが淀む。
「・・・実は、キョンヒ様が」

敬姫様。その御名に背が伸びる。
今は一介の貴族の姫だとしても、銀主公主と儀賓大監の娘姫。
王様に連なる天の御血筋の姫には変わりない。
あの方とは気が合うらしく、折に触れ気軽に御声を掛けて下さる。
畏れ多くも王妃媽媽とですら姉妹のような気易さで付き合うあの方の方が、余程変わり者なのだ。
本来なら俺達が気軽に接する事の出来る方々ではない。

「如何された」
先を促す声に項垂れるように、チュンソクは続ける。
「医仙のあの日の御衣裳を、殊の外お気に入りで。美しかった、夢のようだったと」
「・・・ああ」

唸る俺に困ったように、奴は小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。このような私事で」
「敬姫様だけではない」
「・・・は?」

言いながら思い返す。
あの婚儀の日から今日まで幾度、そんな声を掛けられたことか。

 

 

 

 

ウンスとヨンの婚儀でウンスの衣装は高麗風の中に現代風が織り交ぜられた
ドレス風だったんでしょうか??
そのドレスを当日見たヨンの反応、花嫁だから隠すわけにもいかず悋気爆発の
心の声など詳しく知りたいです??
勿論脱がせたのはヨンでしょうか?( ´艸`)
あ、アメ限は望んでません!皆様が読める物で??(majuさま)

 

 

2 件のコメント

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    そ~りゃね
    ヨンは見惚れちゃってるし
    男性陣は 天女様~
    女性陣は 高麗では見たこと無い
    衣でしょうから~
    そしてそして 大護軍と医仙にあやかって
    医仙の婚礼衣装に憧れるでしょうね~ ( ̄▽+ ̄*)

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    美しい、純白の結婚ドレス姿のウンス…
    そこから お話をスタートしてくださりありがとうございます。
    あっ、さらんさんが、穴から出てくださった!
    まだ、息をするのもお辛いかも…!
    でも、出てきてくださったことに感謝いたします。
    ウンスが、以前、ヨンと共に手に入れた白絹。
    その白い絹で、婚礼衣装を作る…というお話で、止まっていた時間。
    ああ…、こんなに美しく気高く優雅な衣装になったのですね。その衣装を身に纏うのに相応しい、美しいウンス!
    お話を始めてくださった嬉しさに加わり、幸せいっぱいで優雅なウンスを見せてくださり、今、嬉しさでいっぱいです。
    早速、ヨンが、そんなウンスを他人に見せたくない…という想いで、辛くなっている様子が浮かんできます。
    確か、ヨンは、黒…?
    この高麗の時代、これだけの衣装を見たら、これから結婚する女性はみな、着たくなりそうです。
    でも、色が白く、背が高く、ほっそりとした体つきで、美しいウンスだからこそ似合うのかもしれませんが…

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