2016再開祭 | 夏白菊・拾

 

 

碧瀾渡までどれくらいかかったのか。
あなたにテマンの事を聞いてから、時間の感覚がすっかりおかしい。

1分にも思えるし 1日にも思える。
気付けば碧瀾渡の町の門、大きなかがり火の前で馬を降りていた。
あなたが門番さんに号牌を見せると門番さんは敬礼して、次に後ろの私にも深く一礼する。
いつもなら馬を預ける厩舎の番の人が今日は門の向こう、すぐそこに待っててくれた。
「大護軍」
「今夜は二頭だ」
「二頭でも、二十頭でも」

厩舎番の若い男の人は頷くと、私たちの馬の手綱を受け取って握り締めてくれる。
「安心して行って来て下さい」
「ああ」

あなたが血だらけでも誰も何も聞かない。それが逆に怖い。
あなたがあまりにも返り血に慣れ親しんだように見えてしまうから。
そしてその血を流した私たちの弟。
そうだ。今はそのことだけを考えなきゃいけないと唇を噛む。

目の前にあるものだけが全て。そしてその傷を治すのが私の役目。
まだ明かりの灯る市の大通りを、私はあなたと並んで走り始めた。

 

*****

 

「大護軍様、医仙様!!」
門からほど近い、診察所を兼ねたような大きな薬房に飛び込んだ途端に聞こえる叫び声。
あなただけじゃない、その叫び声の主のムソンさんの服も血だらけ。
あなたは顔や首に血液が付着してたけど、ムソンさんはほとんど服の袖だけに血が付着してる。
白い麻素材だからなおさら目立つ。
「ムソンさんも怪我したの?!」

2人も外傷患者がいたら優先順位を決めなきゃいけないと、確かめた私にムソンさんが首を振る。
「いえ、俺は全く」

って事は、ムソンさんの袖の血もテマンの返り血。
2人の返り血をテマンの出血量の目安にするしかない。

急ぎの役目、火薬屋に。
確かに今朝あなたはそう言い残してテマンと出かけた。
ムソンさんがいても不思議はない。ついててくれて助かった。
でもテマンは一体、どんな状況で受傷したの?

テマンの傷、チュンソク隊長達の大急ぎの移動の理由。
考えるのは後でも出来る。今はテマンの外傷の手当てに集中しなきゃ。
懐から取り出した髪紐で髪を結びながら、テマンのベッドの脇に立つ。

「運ばれて来た時は、傷を負ったばかりでした。背を刀で切られて、それ以外に傷はありません。血は止まっております」
ムソンさんと並んだこの薬房の主らしき中年のおじさんが、私に説明の声を掛ける。
「分かりました。ここに来てどれくらい?」
「一刻半ほどです」

一刻半、約3時間。片道1時間半?途中で家にも、迂達赤にも寄った。
この人は一体どれだけチュホンを飛ばして帰って来たの?
その説明に頷きながらテマンの状況を素早く目視確認していく。

救急医療は時間との勝負。そんなのウンザリするほど分かってる。
だけど経過した時間は取り返せないから、今出来るベストな事を。
おじさんはベッドに伏臥したテマンの上に掛けた上衣をそっとはぎ取った。
その背中の創傷部位は一面、今は止血剤の薬草で覆われてる。

「お湯を沸かして下さい。それから、大きなタライにお湯を下さい。あとは明かりをありったけ。出来る限り明るくしたいんです」
伝える私の横、小さなテーブルに背負ってた荷物を降ろして、あなたがその包みをほどく。
「テマナ?」
私は脈を取りながら、診察台の上のテマンに声をかける。
少し早くて浅い呼吸。
背面創傷で伏臥姿勢しか取れない以上、肺と心臓が圧迫されてるのを計算すればこの程度は仕方ない。
創傷に塗ってある止血の薬草の下の創部。
開いた荷物の中から取り出したピンセットで摘まんだ布で拭いて、傷の状態を確認する。
「・・・ああ・・・」

予想したよりはずっと浅い傷に、思わず大きな溜息が出る。
その声に驚いたようにあなたとムソンさんが私をじっと見た。
「酷いのですか」
妙に静かなあなたの声に、ハッとして首を振る。
「違う、ゴメン。思ったより軽症で安心したのよ。これなら大丈夫、命に関わる傷じゃない」

確かに薬房のおじさんに説明された通り出血もほとんど止まってる。
鍛えた背筋で守られたおかげもあるし、相手がこの人やみんなほど優秀な軍人じゃなかったのかもしれない。
「テマナ、聞こえる?私よ、分かる?」

私の呼びかけにテマンの口元が動く。
「う、いそん・・・」
弱い口調でも、正しい返事が返って来る。意識があるのを確かめて、麻佛散を準備する。
傷は深くないけど長い。縫合中に意識が戻れば痛い思いをさせる。
それなら最初から麻酔を使って縫合した方が良い。

声をかけながらテーブルの包みから必要な器具を取り上げて行く。
「そうよー、もう大丈夫よ。ヨンアもいるわ」
ヨンアって一言に、閉じたままだったテマンの目が開く。

「これお盆ごとまとめて全部、沸騰したお湯で煮てもらえますか。煮た後は清潔な箸でお盆の上に全部戻して下さい」
私は横のおじさんに、手術トレイに載せた器具ごと渡す。
おじさんは頷いて急いで薬房の奥に走って行く。
そしてあなたが私の横で床にしゃがみ込んで、ベッドに伏臥したテマンに視線を合わせる。
「テマナ」
「てじゃん」

大護軍じゃなく隊長。その呼び方にちょっと引っかかる。
外傷性ショックとか?記憶の混乱?頭は打ってないんでしょうね?
今は問い質さない。まずは創傷の縫合。その後でも問診は出来る。

あなたがテマンと向き合う横、頭部にそっと触れて確かめる。
出血、変形、皮下出血を思わせる瘤。感じる?感じない。
耳鼻からの出血、眼球の変色、見つかる?見つからない。
「テマナ、準備が出来たら麻酔かけるから、顔だけ横に向けられる?」

そう言いながらテマンの頭の下に、自分の片手を静かに差し入れる。
テマンは頷いて、そのまま自力で首を横に向けた。
「うん、上手上手。少しだけ待っててね。もう少し。大丈夫そう?」

その声に顔だけ横に向けたままのテマンが小さく頷く。
「はい」
そしてあなたは何も言わずに、床から立ち上がった。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    よかった ウンスも間に合ったし
    そんなに酷くないのね
    意識もあるし…
    とにかく 縫合しないとね
    かわいそうに…
    ムソンも無事だよ
    お大事に (。•́ωก̀。)…グスン

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    良かったー。
    テマン、すっごく心配しましたよ。
    ウンスが来てくれたし、ヨンも側にいてくれる。
    斬られた背中の傷は、深くはないけれど長いらしいので、麻酔をしてからの縫合になるのね。
    治療が済んだら、早く目を覚ませるといいですね。

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    あぁ…傷が浅くてよかった、でもウンスがいるから治る傷だったけどいないとゾッとしますね。
    ヨンも疲れてるけど、ウンスも慣れない馬でついてきての手術は大変で心配になります
    どうか早くテマンがよくなるように祈りたいです

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