2016再開祭 | 夏白菊・拾弐

 

 

「俺・・・済みません、俺が余計な事したばっかりに」
硬い声で、ムソンさんはぎこちなく言った。
「謝るな」
「でも、テマンさんが」
「良いか」

あなたはムソンさんに向けて、低い声で言った。
「火薬を作る限り俺と関わる。俺と関わる限り奴が傍に居る。顔を合わせる度に謝る気か」
「俺のせいなのは事実です。テマンさんの気が済むまで、何度でも謝ります」
「奴は気になどせん」
「だけど俺を庇ったから怪我をしたんですよ。斬られたんですよ」
「謝れば奴が気に病むだけだ」

押し問答ってこの状態の事ね。どっちも退かないし、真面目に考えすぎるのよ。
そんなことして誰が喜ぶ?命に関わる重傷でもないのに。

「テマンに悪いと思うなら一日も早く完成させろ。途中で逃げれば承知せん」
「逃げるつもりなんてあるわけない!でもテマンさんの怪我は、俺を庇った為です、それは本当に」
「お前の為ではない」

あなたは話を終わらせたいんだろう。そんな風な、ウンザリした顔をしてる。
「俺の為だ。俺が大切だと言えば道端の石でも庇って守る」
ただでさえ言葉の少ない人だから。
私やテマンやみんなは知ってるけど、それじゃまるでムソンさんが小石だって言ってるみたい。だから誤解されるのよ。

プッ!

あなたの声にわざと大きな声で吹き出すと、信じられないって顔で2人が同時に私を睨んだ。
「・・・イムジャ」

この状態でよく笑えるな、そんな不満げな顔のあなたに首を振る。
「2人とも、どうしてそんなに深刻なの?」
「だってテマンさんは斬られたんですよ。深刻にもなるでしょう」

ムソンさんの声に私は大げさに肩をすくめてみせた。
「ねえねえ、悪いけどテマンはそんな大変な状態じゃないわよ?言ったでしょ。
もうすぐ麻酔から覚めるけど、覚めたら多分すぐ歩けるわ」
「歩くって、だって、背中を斬られてるんですよ!」
「知ってるわ、私が縫合したんだもん。すっごく下手な切り傷で呆れちゃったわよ。
手術後はよっぽどの重傷じゃない限り、すぐに歩いた方が良いの。出血しない限りは動いた方が、傷の治りも早い」

2人の話を聞いて状況は分かった。テマンはムソンさんを庇った、多分覆いかぶさって。
だからテマンは背中を斬られて、ムソンさんは背中から伝った血が袖に付いた。
そしてあなたは怪我したテマンを抱えたんだろう、だから顔や首に血が付いた。

でもそれでみんなが自分を責めたって、良い結果になるわけない。
そんなことして誰が一番悲しむ?テマンよ、そうに決まってる。

あなたの大切なムソンさんを庇って、それであなたが自分を責めたら意味がない。
ただ痛い思いをしただけになっちゃう。
この深刻な雰囲気をどうにかしたくて、わざとおちゃらけてみる。
「ヨンアのレベルのきれいな刀傷ならまだしも、誰だか知らないけどあんな下手くそな傷なんて。
私にかかれば、きれーいに治せるわ。
縫合も完璧だし、今から48・・・丸2日間、縫合不全や合併症が発症しないように薬湯を飲んで休めば問題なし。
背筋に届かないくらいの傷だもの。まあ治るまでうつぶせ寝なのは、不便だろうけど」

それは本当だから、声にも真実味がこもる。そして時にはハッタリも必要よ。
「高麗の医仙が天界の技で手術したのよ。失敗するわけないでしょ?
それを大の男が2人して、誰が悪いだの誰の為だの。それより聞きたいことがあるの」

いきなり強引に話に割り込んだ私に、あなたが怪訝な声を上げる。
「何ですか」
「テマンは斬られた時、頭を打ったりしなかった?」

テマンの意識が戻るまでは、現場にいた2人に確かめておきたい。
打ってるなら別の覚悟が必要だもの。それもなるべく早く。
だけどあなたもムソンさんも、2人揃って同時に首を横に振った。
「おりません」
「はい。俺の上に被さって守ってくれて、その後すぐに大護軍様が抱き止めました。頭は一度も打ってません」

2人が言うなら確実ね。薬品や補助が揃わない薬房で開頭手術はと思って怖かったけど、それならひとまず安心。
「良かった。さっきあなたを隊長って呼んだから、ちょっと心配で」
「奴にとって、俺はいつも・・・」

薬房のベッドのまわり、少し暗めに落としたキャンドルの光の中。
あなたは少し嬉しそうに、そして懐かしそうにベッドの上のテマンを見た。
「山で会った時のままなのでしょう」

ああ、きっとそうだ。本当にそう思うから私は頷いた。そしてきっと、この人も同じ。
2人ともお互いに、初めて会った時のままなんだろう。

山で会ったんです、逃げて、ひっかいて、噛みついて、疲れたら魚を焼いてくれました。

初めてそう教えてくれたテマンの本当に嬉しそうな笑顔、その声。
14歳の男の子、ずっとひとりで暮らしてた子がこの人に会った時。
きっとその景色は、今でもテマンの記憶に焼き付いてるはず。

どんなに嬉しかっただろう。どんなにほっとした?
そう考えればこの人に対するテマンの絶対の忠誠心が理解できる。
この人はテマンにとって、その時から理屈じゃなく家族になった。
お父さんみたいな、お兄さんみたいな、世界でたった1人頼れる人。
この世に、大切な家族を裏切れる人間なんていないもの。

そしてこの人の心の中にも、同じ景色がずっと残ってる。
無条件に慕われるこの人が、テマンを可愛がらないわけがない。
息子みたいな、弟みたいな、自分が必ず面倒を見ると誓った人。
そう考えれば、家で私に見せたあの動揺ぶりも納得できるから。
「ちょっと妬けちゃうわ」

ふざけた声で私が言うと、あなたは困ったみたいに目を逸らす。
妬けちゃうわ。2人の初めての出会いの場面を、私は知らない。
その景色を一緒に見られなかった事。
その時から一緒にいれば、もっと早くテマンとも家族になれたのに。

「イムジャ」
照れてるのか、あなたは気まずそうに咳払いしてから私を呼んだ。
「なあに?」
「一旦ムソンを宅に。すぐ戻ります」
「分かった、気をつけて」

笑って頷くと、あなたはムソンさんに顎をしゃくって出入口へ歩く。
動けないテマンと、剣の心得なんて全くなさそうな薬房のおじさんだけを残してあなたが離れられるなら、少なくとも今近くに敵はいないって意味よね。
出て行く背中に
「行ってらっしゃい。あとでね」

座ったままで声をかけると、あなたは不思議そうにちょっとだけ眉をひそめた。
こっちを見た黒い瞳の行く先を追って、膝の上の自分の両手を見る。
手術の後で疲れて、そこにだらんと乗せたまま・・・振り忘れたから、待ってる、とか?

その手を上げてひらひら振ると、やっと安心したみたい。
あなたはムソンさんを連れてドアから静かに出て行った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    テマンの傷が大した事なくってよかった。
    謝り続けるのも 謝られ続けるのもね…
    ムソンも無事 テマンもすぐに良くなる
    良しとしなくっちゃね
    ウンスに手を振ってもらわないと…
    いってらっしゃい 待ってるね~
    これだけでも ヨン 安心するのね
    ( ̄▽+ ̄*)

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    こんなにも心配してくれるしテマンはきっと幸せものですね( ´艸`)
    1人がながかったので誰かと共に入れるって有難いく難しい…
    いつか1人でいた時間より誰かと一緒探した時間が越したら素敵ですよね?
    あ、さらん様話には関係ありませんがアベマで主君の太陽が来月始まりますよ!!
    え?知ってる?
    私とあるとこでアベマに主君の太陽お願いしまくってたので今それが叶い嬉しいです

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