2016 再開祭 | 瑠璃唐草・結篇 〈 上 〉

 

 

「ねえ、私大丈夫?どこか変じゃない?」
「はい」
「そんな適当に言わないで、ちゃんと見て!」
「見ております」

北風の中、渡る回廊で、妙に浮き立つこの方の横を護る。
磨き上げた麒麟鎧。櫛を入れた髪。握る鬼剣の柄。

互いの沓の打つ回廊の石床が、いつもより鋭い音で鳴る。
その足音を耳にし気付く。
この方は浮き立っているのではない。緊張の余り多弁になっているのだと。

「イ」
二人きり、イムジャと呼びかけて気を引き締める。
この方が公の場に出る以上その呼称は医仙であり、そして俺は迂達赤大護軍である事を思い出して。

声を詰まらせた俺を、あなたの鳶色の瞳が横から見上げる。
「どうしたの?」
「医仙」
「なぁに?」
「心配せず」
「やぁだ、心配なんてしてないってば!!」
無理に笑い、再び歩き出すこの方の手を握る事も出来ずに。

そんな空々しい芝居で此方を騙せると思ったら大間違いだ。
この方の明るい笑顔や強がりは、いつも弱さの裏返し。
裏の顔を隠し通せると信じているのもこの方らしくて、そんなところも愛おしい。
だから黙って支えたくなる。
そしてあなたの無理や我慢が限度を超えたら、何も訊かずに泣かせたくなる。
ただ泣き止むまで傍に居て、大丈夫だと抱き締めて。
けれど泣かぬのもこの方らしい。誰もが与り知らぬ処で、誰より泣いているのに。

大丈夫だ。俺が黙らせてやる。
あなたの行く手を阻む者は、重臣だろうが王族だろうが容赦はせん。
それだけは伝えようと、横を跳ねるあなたの瞳を覗き込む。

しかしこの視線の何を先回りしたのか、その瞳は三日月の弧を描き
「重臣アジョシなんて怖くない。怖いのは、あなたに恥をかかせることよ」
そう言って本当に心配げに眉を顰める。

抱き締めて礼を伝え、気にするなと伝えられぬのが口惜しい。
皇宮のど真中の回廊で、迂達赤大護軍が医仙を抱き締める姿など見せる訳にはいかぬ。
口煩い爺婆の目に万一でも触れれば、何を言われるかは火を見るより明らかだ。

この方が魘されてまで身に着けた徳育を無駄にだけはしたくない。
今日の都堂さえ無事に乗り切れば、明日には全て忘れて構わん。
祈るように一歩ずつ、宣任殿への回廊を進む。

今日さえ、いや、これから一刻程だけ、都堂の間さえ乗り切れば。

それでも重臣が騒ぐなら王命も何もない。
その時は迷いなく鬼剣を抜いて黙らせる。

 

*****

 

「・・・して大護軍。鴨緑江周辺と紅巾族の動きはどうであろうか」

都堂会場、枢密院宰相大監の問いに言葉少なに返す。

「現在は静かにて」
「春以降もそのままでいてくれるのであろうか」
「不明です」

その返答に判尚書兵部事が頷きつつ唸る。
「兵糧、軍馬、武器の準備も出納もある。敵の動きが判り次第、枢密院宰相大監に正確なお伝えを頼むぞ」

下らぬ。今までに何回兵を率いて来たと思っている。
こんな白々しい都堂の場で、改めて重臣の爺に雁首揃えて説教など受けずとも。
迂達赤始め二軍六衛、少なくともこの眸の届く範囲で不正などは赦しておらぬ。

それでもその狸芝居にどうにか顎先で頷きだけは返す。
王様の仰った通りだ。俺自身ではなく、この方の為に。

幾度同じ事を繰り返せば気が済むと怒鳴って立ち上がり、目前の長卓の天地を返して騒いでも、この方にとって何の得もない。
しかし爺どもは下らぬ繰り言を交わすばかりで、医仙に向け何を確かめるでもない。
俺の横、玉座の王様の至近の最上席に座したこの方は、向かいに並び座した重臣の列の面々を無言で見つめている。

静か過ぎると小さな横顔を盗み見る。
その視線は目下の敵である御史大夫ではなく、何故か正面の枢密院宰相大監を追っている。
まさかと内心に焦りが浮かぶ。
この方は正面の顔のどれが御史大夫なのか、判らぬのだろうか。

座して直ぐに初見参の医仙に向かい、既に着席していた重臣らが名乗っている。
御史大夫は枢密院宰相大監から数えて四人目。
其処から如何なる小さな粗相も見逃すまいという視線で、着座以来ずっとこの方だけを眼で追っているのに。
呼んで教えたい。しかし俺がこの場の空気を乱す訳にはいかん。
どうにかこの方が気付く事を祈り、膝上に置いた両掌で麒麟鎧の前垂を揺らすよう、きつく握り締めるのが精一杯だ。

「春からの戦に備えるとなれば、兵が動く」
枢密院宰相大監は苦し気に息を吐くと、再び此方へ問うた。
「元国内、トゴン・テムルとアユルシリダラの動きは」
「収集不可能な程に乱れておると」
「では紅巾族への抑えもきかぬな」
「は」
「一挙に叩き潰すのであれば、派兵の数を増やそう」
「は」

枢密院宰相大監はそこで初めて、この方に向け小さく頭を下げる。
「医仙」
「はい」
突然呼ばれたにも関わらず、この方は静かに声を返す。

「戦地へ送る兵の数が増えれば、無論の事それだけ多くの医官の同行が必要となります。
但し典医寺の医官については、王様と王妃媽媽の御体が第一の為、集めるのは済危宝と東西大悲院の医官を主にと考えております。
典医寺の医官よりも腕は劣ると思いますが、如何でしょうか」
「医者の腕は所属ではなくて、個人差だと思います。ただ私自身は、典医寺以外の医官の実際の処置を見る機会がないので」
「畏まりました。一度夫々を医局でご確認頂けますか」
「はい」
「同行の医官の数など、何か気になる事がありますでしょうか」
「医官の数ではなくて、今気が付いて、一番気になる事があります」

その声に宣任殿に並ぶ全員の目が、改めてこの方の顔へ注がれる。
枢密院宰相大監がそれを代表するように頷き、
「どうぞ、おっしゃって下さい」
と水を向けるが、この方は言い辛そうに口籠る。

「でも、あの」
今まで御声無くおられた王様が、この方の声に小さく頷かれた。
「医仙、どうされた」
「この場で言っても・・・でも、会議には関係なくて・・・」
「御気にされるな。何に気付かれた」

王様の御許しを得て、ようやく安堵されたのか。
あなたはそれでも横の俺を鳶色の瞳で確かめる。
構わないと頷くと、瞳が意を決したよう正面の枢密院宰相大監へ素早く戻る。

そしてあなたは言ってくれた。
都堂に参座した一同の度肝を抜くような一言を。
「枢密院宰相大監様。ちょっとだけ脈診しても、いいですか?」

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ヨンたら ウンス溺愛(当然だけどね♥)
    あらら 誰が誰やら…じゃなかったのね
    さすが 医仙さま
    これでうるさい方々 黙らせられるかしら
    ヨン嫉妬しちゃわない? 病人ですから ゆるしてね

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