2016再開祭 | 桔梗・弐

 

 

「・・・おいしい?」

私の声に、テーブル向こうのあなたは複雑そうな顔で苦笑い。
もうそろそろ、今年のトラジの季節も終わり。
確かに大きくなってはいても、夏の初めより固いし筋っぽい。

向かい合う居間の食卓、開け放った窓外の庭は、もうすっかり秋の景色。
日差しに真夏の力強さはない。毎日どんどん透き通って来る。
夏の間は時間帯によっては止まった風が、今は一日中気持ち良く厨に抜けていく。

これから栗や柿、秋の野菜や果物がおいしくなるけど、その分確かにトラジは旬を過ぎた。
食べにくくなるのも分かるけど・・・
「トラジのサポニンは体にいいの。アク抜きの塩でほとんどが出ちゃうみたいだけど。
咳や痰を切るし、ヨンアはどこも悪いところはないから、季節の変わり目に未病として」

言い訳みたいに言うと、ご飯には絶対文句を言わないあなたがテーブル越しに笑って頷いてくれる。
「はい」
「食べきれなかったトラジは干して使ってもいい?冬場は特に、咳やノド風邪に効くから」
「無論です」

晩御飯のテーブルの上にはトラジのナムル。
コチュカルがまだないから、韓定食に欠かせないキムチやコチュジャンを使ったチゲは作れない。
その代わり自家製のテンジャンやカンジャンがある。
山菜も見分けできれば、ちょっと山に登って無農薬のものを取り放題。

典医寺にはトギって最強の薬草の先生がいるし、家に帰ればお料理の先生、タウンさんって強い味方がいる。
味付けは覚えてる。逆に言えばコチュ以外の調味料はあの頃と同じような物が使えるし、化学調味料がない分却って健康には良いくらい。

旬のもの。そして取れたてをなるべく早く食べるのがコツ。
そうやって食べる物はどんな風に料理しても美味しいからね。
塩とコチュとテンジャン、酢と胡麻油、あとは大蒜があればいい。

いつでもそう言って春にカムジャ、夏にトラジ、秋にホバク、冬にはペチュを出してくれた田舎のハルモニ。

庭の道向こうの家庭菜園はいつもきちんと手入れされていた。
そこは私の遊び場でハルモニの職場で、そして食糧貯蔵庫で、いつだって新鮮なエゴマの葉やサンチュがあった。
それにサムジャンを塗るだけでもおいしかった。
スバクやカムもあった。庭にはキュルやパムやウネンの木もあった。

キムチが手作りなのは当然だったし、庭の隅には昔ながらのキムチ壺が埋まっていた。
海苔だけを市場で買ってきて、エゴマ油を塗って塩を振って最後に七輪で焼いて、韓国海苔を手作りしていた。

お腹が空いたと駄々をこねると、ハルモニは笑って言った。
「一緒に畑に行こう。何が美味しいか野菜に聞いてごらん」

それを受け継いだオンマもそっくり同じことを言ってたっけ。
秋夕や旧正月の伝統料理はもちろん立派だったけれど、ふだん遊びに行った時はシンプルな料理ばかり並んでた記憶がある。
その孫はすっかり料理下手に育ったけど。

あの頃はおやつがアイスやスナックでないのが不満だった。
自分がどんなに贅沢なものを食べてるのかを知らなかった。
勉強ばかりで、ハルモニやオンマに料理を習わなかったことを今更後悔してももう遅い。
キンパもまともに巻けないんじゃ、どんな立派な医者になったとしても、怒られたって仕方ない。

トラジのナムルを噛みながら思い出した私が笑うと、あなたが不思議そうに首を傾げた。
「如何しました」
「え?」
「・・・いえ」
あなたはチョッカラクの先でナムルを摘まんで、私の口許まで運んでくれる。
そのままアーンと受け止めてモグモグ噛んで見せると、今度は笑わないのにちょっと不満そう。
黒い眉を上げて
「旨かったのでは」
「ああ、もちろんおいしいんだけど。ユ家の家訓を思い出したのよ」
「家訓」

言った途端に、あなたはチョッカラクを音を立てずにテーブルに戻して、急に姿勢を正した。
「如何ような」
・・・そうか。つい忘れるけどこの人はお義父様のあの有名な見金如石の金言が伝わる、崔家の一人息子なのよね。
私は慌てて顔の前で手を振って、あなたの期待を否定する。
「そんな堅苦しいものじゃないわ」

確かに格は全然違う。でも子孫に伝えたい大切な心は同じ。
贅沢じゃなくていい、シンプルに誠実に本質に向き合えって。
何が美味しいか野菜に聞くには、声が聞こえる耳を持つこと。
薬草の種類に四苦八苦の今の私じゃ、先は遠いだろうけど・・・
「ヨンア」

呼んだ名前にあなたが黒い瞳だけで聞き返す。
おしゃべりな瞳に笑い返して、私は秋の庭を指差した。
「野菜の声が聞こえるように頑張る。期待してて!」

突然の宣言にあなたはきょとんとして、その指先とこの顔と、庭の景色を確かめた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    料理あまりしなかった~と言えども
    必要に迫られれば 仕方ない
    ヨンのためだと思えば苦にもならない
    現代みたいに なんでも 使いやすいように
    加工されてるなんてこと無いしね
    有る食材を 上手に使いこなさないとね~

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