2016 再開祭 | 金蓮花・捌

 

 

歩き慣れぬこの方を連れての道中。

追手に気付き易く、そして撒き易いよう、選ぶ道は険しさを増す。
林道、山道、人気が無く目に付き難く、そして気付けば即座に戦える道。

しかし山歩きどころか平坦な道さえ歩くのが苦手な方を、相当無理させている事に気付く。

空を見上げれば秋の陽はまだ十分に高く、樹の枝で揺れる色づいた葉を赤く透かしている。

この辺りで小休止くらい許されよう。
周囲を見渡し追手の無い事を確かめ、鬼剣で一本の木下を突く。
獣を捉える罠も無い事を確かめ、預かっていた荷の包みを据える。
あなたが待っていたように、其処へくたりと腰を下ろす。

その腕を取り、巻かれた白い布をゆっくりと解く。
祈るように。もしも叶うのであれば。
布の下の悍ましい毒の痕跡が消え去っていれば、どれ程嬉しいか。

包帯を取り去った折れそうな白い細い腕。
柔らかい内側に、痛々しい毒の痕はくっきり刻まれている。
「大丈夫。大きさも変わりないし、水疱もない。発熱も、他の症状も何もないから安心して?」

確かめる俺の不安を和らげるように、あなたの穏やかな声がする。
「天界へ戻れば、必ず治りますね」
「うん、必ず。検査1回、注射1本よ」
「信じます」

離れても良い。
少なくとも帰すという誓いが守られ、あなたが天界で必ず生きていると判るなら。
どれ程大きなものを捨てたとしても、それなら何の悔いも無い。
あなたの命、あなたと過ごす最後の刻と引換に出来る物は無い。

こうして並んで腰を下ろす木の下。
誰の目も気にせず柵にも縛られず、横のあなたを見つめられる。

あなたは疲れたのか、細い両肩に手を遣って盛んに回している。
「何を」

そんな風に一人で回さず楽にすれば良い。その為に此処に在る。
己の上衣の肩を掌で叩いて示し
「此処へ」

伝えれば小さな頭がようやく素直にこの肩へ寄り掛かる。
周囲の秋風の中、枯葉とは確かに違う花の香が近くなる。
「・・・歩くのが苦手のようですね」
「だって乗り物が便利だもの。ここで一生分歩いたわ」
「良かったですか。この世界にいらして」
「うーん、どうかなあ」

俺が攫ったその罪滅ぼしではない。
贖罪の為に答を求める訳ではない。
聞きたい。あなたの口から一言で良いから。

出逢えて良かったと、俺の想いの半分でも良いから。

「・・・悪い事ばかりでしたか」

出逢って知る程に別れ難く、最後の瞬間まで共に居たいと願う。
その瞬間までの思い出さえあれば、何処かで生きていると判れば。

俺はもう少しだけ、生きていけそうな気がするから。

「うーーーん」
あなたは頭をこの肩に預けたままで、聞きたい声はまだ聞けぬ。

「一つも無いですか」

重ねた問いに、突然肩が軽くなる。
この肩から身を起こしたあなたの、悪戯な目が笑う。
「あ、あった」
「・・・何です」
「当ててみて?」
「何を」
「それよ」

あなたは俺のよく知る誰かの声音を真似るよう、お道化て言った。
「何を。何です。何してるんです」
そして嬉し気にふと笑って下さった。

それだけ聞ければ十分だ。あと二十日、事ある毎に聞いてやる。

何を。何です。何をしているのです。

そして離れれば心の中で問うだろう。

何処ですか。何をしているのですか。

その声に二度と答が返らぬとしても、俺はあなたに問い続ける。

何処ですか。あなたは今何をしているのですか。

俺は此処です。此処であなたを想っております。

その細い肩を腕に抱き寄せ、胸の中へと抱え込む。
あなたはあの時夜の中で、小さく言って下さった。

─── 癖になったのかな。こうしてると安心するの。

こんな些細な事で安堵出来るなら、この腕ごと捥いで天界へ持って帰れば良い。
最後の瞬間必ず千切れる、この心半分と共に持って行け。

この脚を早め、この腕を動かし、この口を開かせる。
心が動かす己の体に従えば、必ず最後にはあなたへ辿り着いた。

それを押し殺し忠誠を誓うより、この心のままに生きたかった。

今その心の走り寄る先を失えば、千切れるに決まっている。
それでもあなたが、その半分を持って帰ってくれるなら。

残る半分で俺はもう少しだけ、走れるような気がするから。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    先々の不安はあるんだけど
    ウンスのそばで こうして
    一緒に過ごせば
    ず~っと忘れてた
    気持になるかしら
    好きな人と一緒に 
    あれこれ手のかかる人だけど
    それがまた かわいいのよね~

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    【信義】24話の中でいちばん好きなシーンです❤
    「一つも無いですか」
    この言の葉を言う時のミンホの
    イントネーションが心に響いて
    本当に素敵でした(^^)
    何度見てもホロリとするシーンです❤

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