2016 再開祭 | 寒椿・中篇 〈 瑩 〉

 

 

雪は刻が過ぐ程に激しさを増し、今や横殴りの強い北風の中を舞い狂うように吹雪いている。
天門を守る為だけの小さく堅牢な兵舎。窓が風に揺さぶされ、騒々しい音を立てる。

そしてその風雪より荒れ狂い、揺さぶられているこの胸の中。
吹雪は辺り一面を白く凍らせ、悋気は肚の裡を紅蓮に焦がす。

部屋の中に早々に灯った蝋燭の仄かな灯。
その中であなたはいつにも増して美しい。
美しい分には構わない、それを見詰められるのが俺だけなら。
但し今宵だけは駄目だ。この男の居る処で美しいのは赦せん。

必要以上に近づく事も、必要な以外の声を交わすのも。
俺の与り知る事の出来ぬ話が混じるのも、断固として。

確かにこの方は全て教えた。門が閉じた事。天界に残された事。
一時は俺の命運さえも、この方の知る天界の手帳と変わったと。
そして再び天門を潜る為に、一人の男の力を借りた事も。

その時にはどうにか頷けた。己の判じ誤りと判っていたからだ。
あなたを一人天界へ戻したのは、それを許したのは自身だった。
一人の男がこの方を助けた。この方を守り続け天門から帰した。
しかし遭う事はないと思った。遭わねば幻、無理にそう収めた。

北風が窓を烈しく揺らす音が響く、冬の兵舎の小部屋。
その中に向かい合う二人の天人の声。
一度ならず二度呼んだ男。
ウンスヤと、俺の何より大切な名を。

三度目はない。仏にはなれぬ。三度も許す事は出来ぬ。

発端は俺では読めぬ天の文字の書簡。
それでは中身の確かめようがない、そして相手は天人だと判る。
この方を知る天人。そんな者は一人しか思いつかない。
渋々尋ねた俺に、その男が天門の兵舎に居ると知ったこの方は驚いた声で言った。

すぐに行きたい、出来るだけ早く。
そうして乞われた事が癇に障った。

男は一目見た時から気に喰わなかった。
ましてこの方とウンスヤと呼び交わした時には、怒りを超えて眩暈すら憶えた。
チュンソクの有難味をこれ程感じるのも久々だ。
奴が居らねば恥も外聞もなく、今この場で一暴れしただろう。

無言のまま睨みつければ、余裕綽々で笑み返す面にも腹が立つ。
いつでも立ち上がり即握れるように、鬼剣は真横に立てて置く。

「どこから?奉恩寺?」
「ああ」
「どうして奉恩寺に?何か任務だったの?」
「いや、違う。大丈夫だから、心配するな」
不安げなこの方を宥めるように、男は優しく笑って首を振る。
この方はそれを確かめて、ようやく小さく息を吐いて笑んだ。

そんな短い声の応酬で判りあっている様子なのも気に喰わぬ。
俺だけに許された筈の慰め方。俺だけに許される筈の笑み。
この男は一体何者だ。この方と天界で如何な関わりを持った。

互いに共に誓いを立てた。二度と天門を潜るような事はせぬと。
あの天門は時に慢心を嘲笑う。浮かれた心に試練を突き付ける。

待つ事。待たせる事。呼ぶ事。呼ばせる事。
悠久の刻の螺旋を操り、歪め、結びつける。

そして尋ねる。追うか。それとも諦めるか。

追うなら幾らでも走る。待つなら石になるまで待てる。
但しこの方が追うのは駄目だ。待たせる事は出来ない。
どうなるか先が読めぬから、そうなるくらいなら二度と潜らぬ。

誓いあい、それで済む筈だった。穏やかな日々が続く筈だった。
この男が決めるまでは。追い駆けて来るまでは。
いや、逆なのか。天門は追い駆けさせる為に開いたのだろうか。

手を離したのは俺の慢心。すぐに戻って来ると判じたのは油断。
そしてそれを嘲笑った天門。
再会までの刻を彷徨いながら、それでも再び逢えた事だけが縁。

ようやくもう一度共に刻を刻み始めた俺達を、こうして試すか。
それなら俺に問えば良い。こんな目障りな男など巻き込まずに。

「元気だったか」
「うん。テウは?私が消えた事、あの後問題にならなかった?」
「規制線を張る前だったろ」
「良かった・・・それだけは心配だったの。私はもう戻らないから」
「結局ポイントはウォルフ黒点相対数なのか?」
「分からない。逆に今は?何か異常気象とか?」
「いや、特に。あとは周期か・・・11年、22年、14Cアノマリ、ミランコヴィッチサイクルもある。放射照度か?
単に太陽エネルギーの変動なら磁気圏、太陽プロトン、炭素14、もっと世俗的だけど地球温暖化も影響するぞ。
開くと思わなかったからそれ以上は調べてない。そもそも特化分野の域だ」
「うーん。要素は結局、はっきりしないままなのねぇ」

・・・一体、眸の前の天人二人は何を言っているのか。
この方の天界の言葉だけでも繰るのに精一杯だが、男の言葉は繰る気すら失くす。

いつまでも指を咥えているのも、口を挟めぬ話が続くのも癪だ。
雪の中を遥々天門まで呼び出したのは、言いたい事か聞きたい事があるのだろう。
尋ねろ。若しくは言え。そしてさっさと帰れ。

「じゃあ・・・」
この方は男の声が切れた処で無邪気に微笑み、苛る俺の脇で問うた。
「私に会いたくて来たとか?」
そして男は答えた。今までで一番短く、俺に確りと判る言葉で。
「ああ」

俺は席を蹴り立った。 そして同時に眸の前の男が。

火薬にうっかり火を点けたこの方だけが座ったまま、唖然とした顔で、憤怒の形相を隠すのに飽いた俺達を見上げていた。

 

 

p;

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です