2016 再開祭 | 春夜喜雨・拾伍

 

 

以前この方の婚儀の衣装を仕立てる、逗留の為に取った宿。
初めて会ったムソンを招き入れたのも此処だった。

再びその一室で、何とも珍しい四つの面を突き合わせる。
俺の正面にチュンソク。右横のこの方。この方の正面にムソン。

開けたままの扉向こう、長い春霖雨はようやく上がったか。
薄くなった霞色の雲の切れ間から、金の陽が筋になって射し始める。

宿屋の家人が置いて行った卓上の茶碗から、温かい湯気が立ち上る。
その湯気を挟んだ、和やかには程遠い部屋内の気配。

「チュンソク」
「は」
「碧瀾渡の火薬屋ムソンだ」

チュンソクはムソンを見もせず、無表情で小さく頭を下げる。
常に俺の顔を立てる温和な奴には珍しい。
先刻のムソンの一撃が、余程その腹に据え兼ねているのだろう。

「ムソン」
「はい」
「此方は迂達赤隊長、俺の腹心の朋だ」
「そうだったんですか!」
対するムソンは何処までも明るく、チュンソクに体ごと向き直ると頭を下げた。

「お話できて嬉しいな。俺の火」
「ムソン」
声を途中で制すると、勘付いたムソンは言葉を切る。

「チュンソク」
「は」
「ムソンは今、王様の密命を頂いている」
「密命ですか」
「ああ」
こいつにも迂達赤隊長としての矜持があろう。
己抜きで話が進んでいたと判れば。
まして許婚の敬姫様を妹呼ばわりされた上、紹介されろと言われれば、良い気持ちの訳もない。

縺れた糸を解くよう、妙な誤解が生じぬよう、慎重に声を重ねる。
「こいつは火薬を作っている」
「・・・は?」
さすがのチュンソクも憤りより驚きが勝ったか。
俺の声に息を呑み、 真直ぐに背を伸ばす。
「今は元に頼るしかない火薬を、高麗で作る」
「作れるのですか」
「試している」
「しかし配合や材料は門外不出でしょう。今や敵となった高麗に、まさかその製法を伝えるなど」
「だから研究している」
「それが密命ですか」
「そうだ」

頷いた俺、そして無言のムソンを見つめ、チュンソクは頷いた。
「そうでしたか。それが縁で、大護軍の御婚儀に」
「・・・それもある」

それ以上の深い所以は伝える事は無い。
そう判じ言葉を濁した俺に、ムソンは笑って首を振る。
「良いんですよ、大護軍様。別に構わない」
奴はあっけらかんと言い放つと、チュンソクに向き合った。

「俺は元々、餓鬼の頃に出身の村を倭寇に焼き討ちされたんです。
助けてくれたのが赤月隊時代の大護軍様でした。
倭寇をぶちのめしたくて、それ以来火薬を研究してたんです。
無理に直談判して火薬の事を伝えたら、大護軍様が聞いてくれて引き立ててくれました」

その声にチュンソクは深く頷き、俺を真直ぐに見た。
「迂達赤にも極秘ですね」
「ああ。何しろ今は王様にすら拝謁が叶っていない。まずは拝謁。
お許しが出れば、次は各郡の組頭たち。戦で使えるようになれば武器の見直しも必要になる」
「今、俺に伝えて下さる理由は」
「これからの火薬の試しの為だ」
「試しですか」
「ああ」

頷く俺に、チュンソクとムソンの目が当たる。
「飛発。聞いた事はあるか」
「飛発」
「唐代に作られた移動式の砲だ。火薬を破裂させ、でかい筒の中に仕掛けた鉄玉を飛ばす」
「砲・・・」

チュンソクは戸惑うように首を傾げる。
実物を目にした事が無くば、思い当たらずとも仕方ない。
「当たれば被害は甚大。南宋が滅びるまで、あの国では王朝の兵器廠だけが作り方を知っていた」
「・・・まさか、その砲を作るのですか。今迄のように火をつけて、爆破するだけではなく」

頷くより早くムソンが勢い込んで卓に前のめり、俺とチュンソクを等分に見渡しながら言い募る。
「さすが大護軍様だ、御存知だったんですね。それが俺の夢です。
それも一基じゃない。船の甲板、両側に最低一基ずつ砲を積んで。
右舷左舷のどっち側からでも敵に打てるようにしたい。
火薬の出来次第で破壊力も違うはずだ。玉を飛ばせる距離も。
陸では無敵の大護軍様がいるとしても、海の上は敵との距離がある。
陸でも使えるようにすれば、離れた敵に先制攻撃も仕掛けられる。
俺は大護軍様に使ってもらえる砲を、早く作りたいんです」

口角泡を飛ばすムソンの勢いに呑まれるように、チュンソクが無言で頷いた。
「・・・ムソン」
「あ、はい」
慌てた己を少し恥じたか、ムソンは頭を搔いて口を閉じる。

「お前以前、糞を使うと言ってたろ」
「・・・大護軍様・・・」
俺の物言いに呆れるように、ムソンは息を吐く。
「そりゃ確かに言いました。言いましたけど。
でも大護軍様みたいに立派な御立場の武人様が、その口振りは」
「武人に立派も何もあるか」
「はあ・・・そういうもんですか」

困ったように眉を下げるムソンに構わず、横のこの方を見る。
突然の視線に驚いたよう、この方は細い指先でご自分の小さな鼻の頭を差した。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    「武人に立派も何もあるか」
    ヨンの、こう言うところが
    好きなんですよ❤
    誰もかれも見方につけるのは
    ヨン!貴方ですよ~(^^)
    さぁ~ウンスの出番ですね。
    ヨンを怒らせ無いように
    落ち着いて、お話をしてね(^o^;)

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    さらんさん、こんにちは♪
    男同士の挨拶も済んだところで、ウンスの出番ですね♪
    ウンスの知識があれば成功させられるかも知れませんね♪
    ムソンさんの夢であり、ヨンの役に立つものの成功も近いかも❤️

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