マンボ姐さんの遠慮ない視線。
若い背の高い男は困ったように濃い眉根を寄せて、腕を掴まれた若い餓鬼はそんな姐さんを睨み返す。
そんな事じゃちっとも驚かない姐さんは、ふんと笑った後に言う。
「それでチフ様、この子らは」
「・・・ああ。これは弟子だ。今は共に居る」
弟子と呼ばれた背の高い若い男は、黒い眼を嬉しそうに緩ませて小さく頭を下げた。
その様子を見てた師匠が、おっかない顔の男に向き直る。
「じゃあこいつがチェ家の」
「耳が早いな」
若い男がきょとんとした目でおっかない男を見ると、その年嵩の男は
「ヨン。お前の師叔に当たる」
そう言って師匠を手のひらで示した。
「お前も聞いた事があろう。手裏房の頭領だ。高麗広しと言えど、こ奴に調べられぬ情報はない」
「・・・はい」
若い男は緊張した顔で姿勢を正すと
「チェ・ヨンです。師叔」
そう言ってから師匠に向かって、丁寧に頭を下げた。
育ちの良さそうな奴だ。
このおっかない年嵩の男の纏う圧されるような殺気や、もう一人の小僧の饐えたような刺々しい気配とは違う。
ヨンって若い男に頭を下げられて、師匠は大きく笑って頷いた。
「チェ・ヨン。ヨンか」
「はい」
「親父殿の事は残念だったな。俺も師兄と居た頃は、親父殿には散々お世話になった。飯から武器から隠れ家からな。忘れねえ」
ヨンって男は黙ったまんま、ただもう一度頭を下げた。
師匠は何もかも判ってるって顔で頷くと
「師兄、良い奴を見つけましたね」
って、それだけ言った。
何が良い奴なんだろう。確かに姿形はすごく良いけどさ。背は高いし、顔は女みたいに綺麗だし。
師匠の満足そうな声の意味が判らずに、俺は首を捻る。
だけど師兄と呼ばれたおっかない男は、すぐに判ったみたいだ。
師匠と同じくらい満足そうに頷いて返すと、おっかなかった目が少しだけ優しい笑いの形になる。
その目で見られてヨンって男は、照れ臭そうに顔を逸らす。
師匠は次にヨンって男が腕を握ったままの、一番若い男を見た。
「で、師兄。こっちは俺も知らねえが」
「・・・ああ」
おっかない顔の男はさっきヨンって男を見た時と打って変わった目で
「表でヨンと遣り合おうとしたのでな」
そしてヨンって男に静かに言った。
「ヨンア、離してやれ」
「隊長」
「離せ」
「・・・はい」
ヨンって男が握った腕をほんのちょっとだけ緩めると、その若い奴は腕を振り払って息を吐いて、ヨンって男を睨んだ。
「馬鹿力で握りやがって!」
その途端に飛んで来た師匠とおっかない男の二人の視線に、男は慌てて口を閉じる。
そんなに睨むことねえだろ、とか何とか、口の中で呟いた男に
「掏りを働くなら人を見極めろ。こ奴の懐に銭など一枚もない」
おっかない男が渋い顔で言った。
「ふざけんな、俺の勘は当たるぜ。こいつ、良い家の出だろ」
この場で一番若いくせに一番生意気な男は、そんな風におっかない男に喰って掛かる。
「隠してたって金の匂いがすんだよ、町によくいる貴族の若様の匂いが。どんだけ襤褸を着ててもな」
「へぇ。匂いかい」
ヨンって男が何か言おうと開いた口から声が飛び出る前に、先にマンボ姐さんが茶々を入れる。
「お前さん、便利な鼻を持ってるね。金の匂いが判るのかね」
「当たり前だろ!何年掏りで喰ってると思ってんだ」
自慢にもならない戯言を得意げに放つと、そいつは鼻先を天井に向けてみせた。
「おめぇはさっきから喧しいな!良いから黙ってとっとと酒を」
怒鳴った師匠を、おっかない男が上げた片手の指先で黙らせる。
その上げた手の逆に握った、豪く立派な剣の鞘が小さく鳴る。
金の匂いなら、こっちのおっかない男の方じゃないのか。
その手に握った剣の鞘には、大きな金の丸飾りが輝いてる。
まあこんなおっかない男の懐を狙うなんて、俺もご免だけど。
「若いの」
低くて掠れた声で、そのおっかない男が生意気な若い奴を呼んだ。
「何だよ」
「他に、何の匂いがする」
「何だって」
「金の他の匂いも判るか」
さっき天井に向けた鼻先を戻すと生意気な奴はおっかない男、ヨンって若いの、師匠とマンボ、最後に俺をじっと見た。
「死体。開京の裏道と同じ匂いがする」
そして最後に奴も首を傾げると
「雨の開京の裏道の匂いだ。雷が来そうな」
みんなが集まって座る酒楼の匂いを嗅いでも、全部判らねえ。
逃げたい一心のこいつの出任せじゃないのか。
けど俺以外の奴は全員ちょっと驚いたみたいに、こいつの顔をじっと見た。

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。
SECRET: 0
PASS:
おや 鼻が利くのね
そりゃいいや
役に立つねぇ