2016 再開祭 | 木香薔薇・拾弐

 

 

「坊ちゃま」

部屋の外から声を掛けられ、寝台の上で目を開けた。
うっかり寝込んだらしい。
部屋の中に差し込む光は明るくて、その眩しさに瞬いて、動かない頭で思う。
何日眠ったんだろう。とても美しい、良い夢を見た。

とても不思議な夢を見ていた。
今まで夢に描いた女人を全員束にしても敵わないほど、美しくて不思議な人の夢を見た。

「坊ちゃま、お客様が」
「・・・今、行くよ」

部屋の中には俺しかいない。
体を起こし寝台から床に足を降ろした時、足首に鈍い痛みが走って初めて、夢でなかったと思い出す。

夢じゃない。この痛さが夢じゃないのだから、あれは夢じゃない。
「坊ちゃま、大丈夫ですか。お手伝いを」
「良い、今行くよ」

挫いた足を少し引きながら、寝乱れた髪を直して扉を開ける。
「お客様って」
扉の前、細い廊下を挟んだ庭先、沓脱石の横で待っていた門番は、その声に困ったように眉を下げた。

「医仙様が、さっきの迂達赤の方と。皇宮の御医様もご一緒です。良ければ坊ちゃまを診察したいと」
「どこにいらっしゃるんだ」
門番の後を見てもお姿が見えない。庭に視線を巡らせる俺に、門番は言い辛そうに頭を下げた。

「家守様から、医仙様以外はお通しするなと・・・」
「じゃあ、お三方は」
「門前でお待ちです」
「何だってぇ!」

思わず叫んだ声に、門番は身の置き所もなさそうに肩を縮めた。
「失礼だろう、すぐお通しして」
「で、ですが、坊ちゃまのお気持ちでは」

痛む足を引きずって精一杯早足で歩き始めた俺に肩を貸し、門番が様子を窺うようにこちらを覗き込んだ。
「何の事だ、先刻から」
「坊ちゃまが医仙様以外をお通ししないように、おっしゃったのではないんですか」
「俺じゃないよ。そんな失礼な」

俺じゃない。じゃあ誰だ。
俺の代わりにそんな事を家守にまで進言できるなんて、思い当たるのはたった一人しかいない。
いつも俺の横にいる奴。兄のように慕ってはいるけれど、それでもそれは許される事じゃない。
ソンヨプは、何故そんな事を言ったりしたんだろう。

でも問い詰めるのは後だ。門前でお客様を待たせるなんて、訪問を頂いた礼に反する。
全てを後回しに駆け付けた門の前、門番に抱えられるように辿り着いた俺の顔を見た途端、並んだ三つの背が振り向いた。

振り向いたあの人の薄茶の目が、吃驚したように見開かれる。
横を守るように俺とその視線との間に立ち塞がるのは、最初に見た、あの鎧の背の高い男。
さっきの迂達赤。門番にそう聞いた時は、先刻のあの立派な鎧の男が来ているとばかり思っていたのに。

そしてあの人の横に立っているのは、やはりかなり上背のある男。彼が皇宮の御医なのだろう。
その御医が俺の引きずる足に目を走らせると
「お出迎え頂き、申し訳ありません。皇宮侍医、キムと申します。怪我の状況は医仙より聞き及んでいます。
早速ですが、その足を診察させて頂けませんか」
と、丁寧ではあるが断れない尋ね方をする。

「その為にご訪問頂いたのですか」
皇宮御医とは、畏くも王様の主治医という事だ。
そんな方に診察して頂ける立場ではない俺は、断る事も受ける事も出来ずに、呆気に取られて口を開ける。
「テギョンさん、お願いします。私だけじゃ判断がつかないの。だから一緒に来てもらったんです。念の為に」
あの人が立ち塞がった鎧の背から顔を出して、こちらに向けて言った。
その不思議な目に見つめられ、声を聞くだけで両耳が熱くなる。
このやり取りに御医が無言で苦笑を浮かべた事に、その時の俺は気が付かなかった。

 

*****

 

「診立て通り、捻挫で間違いないですね」

急いでお通しした居間で捲り上げたパジの下、足首を診た御医は横で同じように足首を覗き込む人の目を見た。
「熱を持っています。湿布をしておきましょう。癖になると困りますから、今のうちにしっかりと治しておかないと」

言葉と共に広げた幅広の白布に、濃い黒緑色のどろりとした物を布が透けないように厚く塗りつけ、御医は俺の足首へとその湿布を巻き付け端を結んだ。
「今日は湯は使わずに。布を濡らしたくないので洗顔以外はお控え下さい。明日、また様子を見に伺います」
「そんな、御医までを煩わせるわけには」

御医ともあろう御方にと慌てて声を張り上げる俺に、御医は穏やかな笑みのままで
「・・・いえ。私が診察するよう、言い付かっております」
と、愉快そうに言った。

誰にだろうと、ふと不思議に思う。
御医に治療をお願いできる、いや、今の口調では命を下せる。
そんな事が出来るなんて、王様以外にはいらっしゃらないのでは。

けれど王様の訳がないと首を振る。
天の御方である王様が田舎貴族の息子に、国子監への入学が決まっただけの官位すら持たない一学生相手にそんな事をおっしゃるはずも、そもそも俺の存在を御存知のはずもない。

「あの」
心に思うと黙っていられないのが悪い癖だ。
「御医のような御方に、わざわざ私如きの治療をお願いするのは心苦しいのです。一体、どなたが」
「・・・お知りにならぬ方が」

御医は笑顔のままではあったが、確たる御答えは頂けなかった。
そして湿布をした足首を覆うようにパジの裾を下ろし終える俺を確かめてから
「では、脈診を」

そう言って次に、この手首を取った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    やっぱり…
    ソンヨプ好きになれないわゞ(`')、
    キム侍医 この際ハッキリと
    ウンスの旦那様の指示です。
    って言ってあげてくださいませ(^^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    なんだか絶対…キム侍医は自身はカヤの外だから
    楽しんでますよね?(笑)
    悪気がない若様には申し訳ないけれど、それはそれで察しない若様も…なので
    二人まとめて
    イエイエ
    お家まるごと雷落としてくださいませ(^ω^)
    とっても楽しみです♪
    ありがとうございますm(__)m

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