2016 再開祭 | 木香薔薇・卌壱

 

 

「で」
俺から眼を逸らさぬこの男に、仕方がないから問うてみる。

「何を鍛錬したい」
「宜しいのですか」
「・・・ああ」

足首の怪我の治りは目途が立った。
これで何も教えずに放り出せば、あの方が嘘を吐いた事になる。
せめて何か一つ、それなりに教えねばならぬだろう。

動きを止め話し込んだ俺達目掛け、庭向うから三人が駆けて来た。
いや、駆けて来たのはシウルとチホか。
トクマンは二人を止めるべきかどうか、悩まし気な顔をしている。

「終わったのか、旦那」
「じゃあ次は俺達の番だな!だよな!」

庭中に響き渡る若衆二人の期待に弾む声と見開く目を
「これからだ」
と無下に切り捨てる。

途端に奴らは顔を顰めて、何を考えたか俺ではなく横のテギョンを睨みつけた。
「何でだよ!何でこいつなんかに時間を割くんだよ!」
「チホ。お前大護軍に向かって」
「煩ぇんだよのっぽ!」

無礼な口利きを咎めるように、トクマンが押さえようと肩に掛けた手をチホは思い切り振り払う。
「俺はお前が嫌いだ」
チホはトクマンの手を振り払いざま、何が起きたのかというように茫然と目の前で騒ぐ男達を見ていたテギョンに吐き捨てた。
「・・・え」

睨まれる意味も、投げつけられた言葉も受け止めきれぬのだろう。
テギョンは首を傾げ、自分を睨むチホを見た。

「お前が嫌いだ。だいたいお前が天女に懸想なんて」
「天女、とは・・・」
「チホ!!」
俺が口を開く前に、トクマンが顔を赤黒くしてチホを怒鳴り飛ばした。

「余計な事を言うな!!」
「何なんだよ、お前までこいつを庇うのかよ!」
「そうじゃない、そうじゃなく」
「天女、というのは」

テギョンは意味が判らぬなりに、今の状況を把握しようとしているのだろう。
取り敢えずこの場で話の通じそうな俺へと再び目を戻し、
「もしや奥方様の事ですか。大護軍様」

賢い事は判った。初対面の男にいきなり怒鳴られても、状況を読む力はある事も。
さて、何と答えるか。
俺が太く息を吐いたところで
「やはり」

テギョンは合点がいったように、満足気に深く頷いた。

「そう呼ばれても無理のないお美しさです。本当に天女のようで」

・・・実は愚かなのだろうか。今さっき賢いと思ったばかりで次に思う。
今この場で臆面もなくあの方を褒めれば、こいつらの怒りの火に油を注ぐと思わぬのか。
案の定チホばかりか、その言葉にシウルとトクマンまでが血相を変える。
「おい、お前な」

シウルがテギョンに一歩詰め寄り、トクマンが不安気に俺の様子を確かめた時。
渦中のテギョンはまるで暢気に、一人で嬉しそうに言った。
「本当に、大護軍様にこれ以上ないほどの奥方様です。お二人が並ぶと、とてもお似合いです」

その声も笑顔にも嘘や誤魔化しが微塵もないのを、三人も気付いたのだろう。
「・・・テギョン、さん」
三人の中で唯一事の次第を最初から知り、テギョンと面識のあるトクマンが声を掛ける。

テギョンはようやく名を呼ばれ、晴々とした顔で頷いた。
「はい。お久し振りです。その節は伴が失礼をしました」
「あ、いや・・・あの、ええ。それより」
丁寧な挨拶に戸惑うように、トクマンはテギョンを見て言った。

「あの・・・テギョンさんは、医仙の事を」
「はい。奥方様は素晴らしい方だと思います。お美しく優しくて礼に篤い、あんな方にお会いした事はありません」

手放しの褒め言葉を並べ、テギョンは活き活きと言葉を繋ぐ。
「大護軍様はもっと素晴らしい方です。お会いしたばかりですが俺・・・私は、大護軍様を心から尊敬しています。
感謝もしていますし、大好きです」

出会ったばかりの、それも男から大好きだと言われて、どんな顔をしろというのか。
見れば男達も呆気に取られて、テギョンを睨む事も忘れている。

「・・・おい、お前」
チホは怒鳴るべきか笑うべきか決め兼ねるように、妙に平坦な声で言った。
「大好きって・・・」
「はい」
「いや、良いんだ。うん。俺も、旦那のことは大好きだし・・・」

歯切れ悪く言葉尻を飲み込み、それでもこれだけは聞こうと決めていたのだろう。
「って事は、お前、別に天女を好きってわけじゃないんだな」
「奥方様は好きですが、大護軍様は大好きです」
「それはあれだな、あの、人間として好きだとか、尊敬するとか、そういう事だな。二人の中を邪魔しようとか」

チホの声に次はテギョンが顔色を変え、必死に首を振った。
「そんなつもりは、絶対にありません!」
「・・・そっか」

毒気を抜かれたように黙ったチホの横で、シウルもトクマンもがそれぞれ頷いた。
ようやく気が済んだか。
今日偶さかを装って宅に押し掛けたのは、それを直接テギョンに確かめたかったに違いない。

「で」

仕切り直しの声を掛け、俺はもう一度テギョンを見た。
「何がしたい。剣か、槍か」
この男が即答できるだろうか。体は出来上がっているが、武術の心得は無きに等しい。
半信半疑で問うた声に
「あの・・・」

テギョンはシウルの負っていた矢筒を確かめる。
シウルもその視線に気付き、己の鼻の頭をその人差し指で差した。

「俺、いえ、私は、もし良ければ弓を教えて頂きのたいですが。構いませんか」

テギョンは遠慮がちにシウルの弓を見、そして其処から目を移しもう一度俺に頭を下げた。

 

 


 

 

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