姐さんの薬房で買った当帰の包みを握り締めた店先で、やっと少し安心の息を吐く。 姐さんはそんな私の様子に
「・・・天女。あんたこんな陽気の日に、なんだってそんな汗かいてんだい。水でも飲むかい」
そう言ってお店の奥へ入って行こうとする背中を急いで止めた。
「ああ、いいんです姐さん!私急いで帰らないと」
「どうしたんだい、わざわざこんなとこまで薬草買いに来て。誰か急病かい」
いつもは豪快な姐さんも、ちょっと心配そうに聞いて来る。
「ううん、当帰はちょっと切らしただけで。それよりも来る時私が突き飛ばして、捻挫させちゃった人がいて」
「おやまあ」
姐さんは私の告白に呆れたように口を開けると
「まあ天女の事起こしは今に始まったこっちゃないし・・・迂達赤、あんたちゃんと見といてやんな。
さもなきゃ後でヨンにぶっ飛ばされるよ」
真面目な顔でトクマン君に言いながら、女性にしてはしっかりした手でその鎧の背中を叩いた。
トクマン君は姐さんの声を本気にしたみたいに、ただでさえ私を追い駆けてかいてた汗を拭く暇もなく、新しい汗を浮かべながら強張った顔で頷いた。
*****
「あ、ヨンア」
典医寺に駆け戻って薬員オンニに買って来たばかりの当帰を渡し、そのまま治療道具と湿布薬を取りに部屋に駆け込んだ時。
一足先に足音が聞こえてたんだろう、窓際に立ってた大きな鎧の影がこっちに歩いて来るところだった。
嬉しくて駆け寄ると、私に続いて部屋に駆け込んだトクマン君が背筋を伸ばしてこの人に真っすぐ頭を下げる。
「御苦労」
あなたは私にちょっとだけ優しく笑ってからすぐに大護軍の顔に戻って、トクマン君に言った。
「せっかく来てくれたのにごめんね」
まずはあなたの顔色を見て、熱を測って脈を読んで、何もないのを確かめるとすぐにその胸から離れる。
そんなあっさりした態度にビックリしたのか、あなたは私の後に付きながら、トクマン君に目で問いかけるみたいに・・・
もっと言っちゃえば睨むみたいに、その顔を見た。
あなたの目を受けて、トクマン君はすごく言い辛そうに頭を下げ直す。
「あの・・・実は、町で医仙と、若い男がぶつかって・・・相手が足を捻ったようで、医仙がすぐ戻るから、と・・・」
「お前がいながら」
その低い声で、トクマン君は頭だけじゃなく眉毛も下げた。
「も、申し訳ありません、大護軍!俺も止めたんです。ただ相手の従者が、えらく生意気な奴で」
「誰だ」
「西京から出て来た有名貴族の息子らしいです。国子監に入学が決まったとか、何とか」
「成程」
あなたは唸るように言うと、音を立てながら部屋を走って治療道具一式をまとめる私の側まであっという間に寄って来た。
「イ・・・医仙」
「ちょっと待って、治療室から湿布薬を」
「お聞き下さい」
これじゃあ、いつもと逆。
いつもなら急いでるあなたの後ろに、口うるさい私がくっついてあれこれ言うけど。
でも患者をそのまま待たせるわけにはいかない。
部屋の裏扉から飛び出す私の横について扉を出ると、診察部屋への無人の廊下であなたの手が私を優しく掴まえた。
「イムジャ」
その手の力も声の調子も、怒ってるわけじゃないって分かるけど。
「分かってる。厄介事には巻き込まれたりしないから。すごく良い人よ、テギョンさんっていうの」
「その子息ですか」
「うん。キョンヒさまのお邸の近くでね、急いでて私が突き飛ばしちゃって」
「酷いですか」
「診た限りは、捻挫はそうでもなさそう。完治まで1週間くらい。でも熱が出ちゃったみたいで、そっちの方が心配だからちゃんと」
「・・・熱」
あなたは不思議そうに呟いた。
一緒にいるうち覚えてくれたのか、それともあなたも戦場や訓練で何度もそんな人を見て来たのか。
「そうなの。捻挫して直後に発熱なんて心配だし・・・脈診してないけど、思ったよりひどいのかもしれないし」
そう言いながら診察室の扉を開けると、中にいたキム先生が振り向いた。
「ああ、ウンス殿。お疲れさまでした。当帰をお求めに出たとか。
典医寺の当帰も、明日まで干せれば完全に使えるようになります」
「良かった。でね、先生。私この後、もう一回外に」
私は部屋の壁に作られた薬棚から、ハッカの練り湿布薬の瓶を取り上げた。
それをめざとく見つけた先生が、私の横にいたこの人に尋ねる。
「迂達赤で怪我人ですか、チェ・ヨン殿」
「いや」
あなたはそれ以上説明しないから、先生は私に
「では、どなたが」
尋ねながら、私が持ち去ろうとする湿布薬のビンを見て首を傾げる。
「あのね、私が突き飛ばして捻挫させちゃった人が外で待ってる。治療しに行って来てもいい?
熱も出てるのか、水桶に頭突っ込むくらいだから心配で」
「水桶に、頭を」
キム先生はちょっと驚いたみたいに言うと、そのままあなたの方を見た。
水桶の話は初耳だったあなたも、目を細くして不審そうな顔をしてる。
「ウンス殿と共に出た迂達赤の方は、何と」
「西京の貴族の子息らしい」
「・・・私も共に行きましょうか。捻挫で発熱ならば、かなり深刻な容態かも知れません」
「うん、私も心配だから。もしも最悪骨折とかなら、典医寺まで来てもらうかも知れないけど。
触診の限りでは、折れてはいないから」
「判りました。では何かあれば」
キム先生が頷いて、来た時と同じように部屋を出る私たち2人を見送ってくれた。
さっきは少しだけ手を繋げた廊下を戻って
「じゃあ行って来る。トクマン君も、今日は本当にありがとう。この人のこと、かばってくれて嬉しかった」
部屋にあった荷物に湿布薬のビンまで入れて、全部まとめて包んだポジャギを肩に背負った私に、あなたの視線が当る。
「何の事です」
「そうなんですよ、その従者が一介の兵扱いするんでつい。迂達赤を馬鹿にするのは、俺の大護軍を馬鹿にする事だって・・・」
「そんな事を言ったのか」
「だって悔しいじゃないですか!」
そこで始まってしまったプライド談議に付き合ってる暇はない。私は2人に手を振ると、
「じゃあね、ヨンア。すぐ帰って来るから!」
とだけ言って、そのまま部屋を飛び出した。
目の前で駆け出されたあなたとトクマン君が、談議を中断して
「あ!待ってください!」
「医仙」
呼び止めた声が聞こえたけど、止まってる暇はない。
さっき走りこんだ典医寺の庭をまた走り出て行く私の姿を見たみんなが、びっくりしたように振り返る。
今日はほんとに朝から走りっぱなし。明日の筋肉痛は確定だわ。

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