2016 再開祭 | 婆娑羅・12

 

 

「家門を継ぐ事はあります」
「ああ、そうよね。その辺は両班と似てるんだわ」
「但し」

あなたは小さく笑うと、困ったみたいに顎を左右に振った。
「我が家は代々文官ですが、俺も叔母上もご存知の通り」
「そうだね、チェ・ヨンさんの家は高麗の中でも有名だよ。貴族として十指に入るくらいね。珍しい例だから歴史にも残ってる」

思わぬカイくんの言葉に声が出る。
「そうなの?!」
叔母様も以前、ちらっとそんな事はおっしゃってたけど・・・詳しい話は聞いてなかったし、よく知らない。
お父様の言葉が残ってたのを知ってたくらいで、深く考えもしなかった。
私の反応にカイくんの方が驚いたみたいに頷き返す。

「チェ・ヨンさんの祖先は、高麗建国に力を尽くしたチェ・ジュノン。
直系にはチェ・ジョンジュンって、韓国最古の医学書を編纂した人もいるよ」
「医学書?!」
「うん。郷薬救急方っていうのが現存してる。知ってたんじゃないの?」

カイくんの声に首を振る。知らないわよ、なにそれ?
「ヨンア、知ってた?」
「・・・大蔵都監に書が」
「あそこって、木板に彫ったお経を奉納してるだけなんじゃないの?!」
「いえ。国が編纂した書が総て」
「国立図書館ってこと?どうしてもっと早く教えてくれないの?!それ知ってたら読みに行ったのに!!」
「漢書ですが、読めますか」

あなたに問い返されてグッと詰まると、その横顔の目元が優しく笑う。
カイくんはそんな私達を呆れたように眺めると話し続ける。

「お父さんは知ってるよね?チェ・ウォンジク。あの金言を残した。
お祖父さんは5代前の忠烈王の家庭教師みたいな人だったんだよ。チェ・オン。
お祖父さんの講義が無い日の忠烈王は、つまんないって機嫌が悪かったらしい」
「すごい家系だってことは、分かったわ・・・」
「それだけじゃない。1270年代に一旦終わった武官政治が復活しそうになって、文官の高官宅が焼き討ちに遭った時、チェ・ウォンジクの邸だけは避けるって予め伝令が出てたらしい。
それくらい、文武官のどちらからも信頼されてた家系なんだ」
「・・・もう黙れ」

あなたは窓際に立ったまま、不愛想な声でカイくんに言った。
私がしょぼんとうなだれてるのに気付かれたのかもしれない。

でもさすがに落ち込むわ。愛する人の事を何も知らないのは。
こういう気持ちって、もしかしてドラマの定番
“取り立てて良い所のない普通の女性が、財閥の男と恋に落ちる”
って、ああいうテーマの感じ?

「もっと勉強しておくんだった。歴史の事」
カイくんは私の声に、困ったみたいに笑った。
「そしたら俺の出番なかったでしょ」
「そうだけど。でも情けないじゃない?愛する人の事を、他の人から教えられるまで知らなかったなんて。
誰かを知る時バックグラウンドや環境を聞くのも、大きなヒントになるわ。どこでどんな風に暮らしたか。
ほら、私達もあるじゃない?ソウル育ちは本音を見せないとか、江原道は勇猛で温厚で生真面目とか」
「・・・チェ・ヨンの出身地だね。江原道鉄原邑」
「それは」

言い当てられて困り顔の私に、カイくんは首をすくめて笑う。
「何も聞かないね」
「え?」
「俺の事は、何も聞かないね」
「テコンドーの遣い手で歴史学者の卵。それだけは知ってるわ。それに2014年の江南から来てくれた事も。もっと教えてくれる?」
「・・・うん」

何だか心細い顔で、カイくんはこくんと頷いた。

 

*****

 

「坊ちゃん」
ノックと共に聞こえる声に、出来る限り平然と返す。
「何?」
「奥様がお呼びです」
母さんのお付きの秘書の声が部屋のドアの外から言った。

来た、と思った。全部計画のうちだ。
持ち出しても怪しまれないのは、いつも背負ってるディパック。
中に着替えとパスポートと財布、いつも入れてるラップトップ。
でもすぐに背負って行けば怪しまれる。まずは話をしてからだ。
まさかその短時間で荷物を開けて調べたりまではしないだろう。

ウンザリしてると思わせるように、部屋のドア前でわざと溜息をつく。
腹の中ではどうか上手く行くようにと祈りながら。
その溜息は真に迫ってたんだろう、秘書は少し気の毒そうに俺に頭を下げた。
「すぐに御詫びして、髪を黒くすれば・・・」
「高校生のガキでもないのに、髪の色の事まで言われるの?」
「御婚約前の顔合わせに差し障るのではと、ご心配のようです」

並んで歩き出した秘書は、そう言って小さく頷いた。
「しかし大学生とはいえ・・・跡取りの坊ちゃんが金髪は」
「ノリってあるだろ?どうせ今年の夏からは出来ないんだし」

婚約する顔合わせ直前に金髪に染めれば、母さんは怒り心頭で黒髪に戻せって怒鳴って来るだろう。
ふて腐れて家を飛び出てそのまましばらく戻らなくても、馬鹿な息子といつもみたいに呆れるだけだろう。
その間に距離を稼いで、今夜の飛行機に飛び乗れれば。
その為に航空券もカード払いを避けて、バレないようにギリギリまで待って、今朝コンビニで現金で支払ったくらいだ。

手に汗を握りながら平然とした顔を装って、秘書と階段を降りる。
ここから説教3分、忙しいが口癖の母さんは説教が短いのが取り柄。
頼む。頼む。頼む。頼む。すべて計画通りに。
階段を降りるリズムと祈るリズムが一致する。

「何を考えてるの?その髪の色」
ドアを開けて部屋に入った瞬間、前置きなしの要点だけが飛んで来る。
「学生時代しか出来ないから」
「遊ばせる為に大学に行かせたわけじゃないのよ。留学までしたのに、そんな事しか覚えて来なかったの?
PhDの役にも立たない歴史なんて専攻して」

母さんは呆れたように吐き捨てた。
判ってる。後継者として箔をつけて上手に世代交代させる為にだろ?
いつの間にか影で手を回して勝手に経済学にコース変更したんだろ?

それでも良い。何て言われても良い。金を掛けてもらった事は事実だ。
ガキの頃からテコンドーを習わせてもらった事は今だって感謝してる。
誘拐に備えた護身術が目的だったとしても。文武両道を建前にした、他の経営者候補や理事たちへのデモンストレーションだったとしても。

アメリカに戻って、一から始める。奨学金でも何でも取ってみせる。
遺産も会社の株も後継者の椅子も何もいらないから、自由をくれよ。
それを言いに帰って来れば、既にレールは見えない手で敷かれてた。

「染め直してくる」
「当然ね」
「じゃあ」
「待ちなさい」
母さんは鞭のような鋭い声で、部屋を出ようとした背中に声を掛けた。

「車に乗って行きなさい。ヤン秘書」
「はい」
「カイを送って行きなさい」
「ガキじゃあるまいし。1人で行くから」
「金髪にするだけで充分子供よ。黙って従いなさい」
「いいって言ってるだろ!!」
「カイ」

母さんは書斎のテーブルから渋い顔で俺を見つめた。
「これ以上、下らない反抗しないで頂戴。そうでなくても頭が痛いの」
「ほっといてくれよ!」
「乗って行かないなら外には出さないわ。ヤン秘書」
「はい」
「カイを部屋に連れて行って」
「しかし奥様、坊ちゃんもこの髪で先方との顔合わせは」
「・・・ああ、もう!!」

母さんはヒステリックに叫んだ。
「勝手にしなさい、その代わりヘアサロンが終わったら、すぐに帰って来なさい。
今日は顔合わせの為の準備ミーティングがあるの。あなたも絶対に同席してもらうわ。判ったわね?!」

そして指輪とブレスレットで重そうな右手を上げると、週に2回出張のネイリストに手入れさせてる爪で部屋のドアを指差して
「早く行って!!打ち合わせは午後6時よ。1分でも遅れた時には承知しないわ。先方も来るんですからね。
顔合わせは今日から始まってると思いなさい!!」
母さんの絶叫に近い声に頷くと部屋を飛び出す。

俺も同感だ。早く行かなきゃいけない。打ち合わせ場所にじゃない。俺を自由にする場所に。
何もかも捨てて自由になれる場所に。俺が俺でいられる場所を探しに。
そして君を探しに。俺の心の中に確かにいる、確かに覚えてる君の笑顔をこの目で確かめに。

 

 

 

 

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