2016 再開祭 | 玉散氷刃・肆

 

 

「これだけ探して異変がないなら、本当に急用なのでしょうか」

その声に首を振り胸袷から宅に投げ込まれた文を出すと、チェ・ヨンは侍医へ無言で差し出した。

受け取って読み始めた侍医にも予想以上の内容だったのだろう。
三度ほどその視線が文を上下し、文がゆっくりとチェ・ヨンの手に戻される。

「どういう事です。つまり典医寺に置かれていた文は出鱈目で、ウンス殿は誰かの手で拐しをされたという事ですか」
「それ以外には考えられぬ」

結局目ぼしい手掛かりは何も見付けられず、男三人は部屋の卓へ腰を降ろして向かい合った。

チェ・ヨンはいつもウンスが座った椅子を選んで腰を下ろし、温みを探すように卓の面を指先で撫でる。
「て、大護軍」
テマンが卓向かいからチェ・ヨンの指先を凝視して、小さな声で呼び掛けた。
その視線に促され己の指先を見たチェ・ヨンの動きがふと止まる。
「どうしました、チェ・ヨン殿」

侍医の声には答えず卓上のウンスの硯箱を開く。
紙を一枚取ると立ち上がったチェ・ヨンは、両の掌に全体重を掛けてその紙を力一杯強く卓へと押し付ける。
「チェ・ヨン殿」

押さえ付けた後の紙を破らぬように、端からそっと剥がしていく。
卓の上に乾き切らずに残っていた墨が、その紙の上に掠れた天界の文字を写す。

도와주세요

全く注意を払わなかった。使い込まれ磨かれて色を濃くした机面に眸を凝らせば、確かに何か書いてある。
どうして己はもっと早くにこの文字を学んでおかなかったのか。
今更になり悔いても時すでに遅し。書いてある意味は判らない。

但し判った事がある。ウンスが消え然程刻は経っていない事。
こうして乾き切らぬ墨が机上に残っているのがその証。
そしてその失踪は、決してウンスの意図したものではない事。
そうでなくば卓にこんな天界の文字を残す理由はない。

「それは何なのです」
初見なのだろうか。キム侍医は不思議そうにチェ・ヨンへ訊く。
「天界の文字だ」

写し取られた天界の文字をキム侍医はしばらく見つめ、それからチェ・ヨンへ問い直した。
「読めるのですか、チェ・ヨン殿」
「いや、読めん」

その声に侍医が落胆の表情を浮かべる。
読めないものは仕方あるまい。そんな事に感けている暇はない。
チェ・ヨンは次善の策を練る。
「昨日まであの方と共に居た薬員は」
「今朝はまだ、姿を見せておりませんが」
侍医は首を振って、奥扉を見詰める。

「探して呼んで参りましょう」
「いや」
チェ・ヨンは立ち上がり、勝手知ったる部屋を横切ると奥扉から廊下へ出て、先刻歩いた廊下を足早に戻る。
慌てて従う侍医とテマンがようやく追い付いたところで
「オク公卿の奥方に会わせてくれ」

相手は身重の重病人であり、皇宮高官の妻君。
そんな女人に会いたいと診察棟へ戻るチェ・ヨンに向かって答に惑い、キム侍医は小さく息を飲み込んだ。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ハングルはいざというときの
    二人の暗号にもなるでしょうね~
    ウンスの行方を知るためには
    鍵を握ってるのは 奥方さまか…
    うーーーん すんなり
    ヒントくれるでかしら??

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