2016 再開祭 | 貴音 ~ 夢・伍

 

 

「王様」

眩暈を起こしそうな理由は、頭上から射す夏の陽射しか。
将又夏花の咲き乱れる庭を臨む回廊を静かに近付いていらっしゃる、その御姿の所為か。

王様へと静かに呼び掛けられる御姿の後を険しい顔で添うてくる、見慣れたあの眼付き。
何故とこの眸で問えば、受けた鋭い目がそのまま吾子へと流れる。

坤成殿へ伺う。それは避けられぬとしても。

その手前の庭先で王妃媽媽を先頭にした武閣氏の隊列と鉢合わせるなど、予想すらしなかった。
王妃媽媽の真後ろ一歩で御守りする叔母上に睨まれ、全てを悟る。

王妃媽媽が内官長の報告で坤成殿をお出になった事。
御一人で行かせる訳に行かず武閣氏が従いている事。
その理由は紛れなく、王様と並び歩く吾子である事。

「申したろう、そなたに会いとうて待ち切れなかったようだ」
「ああ、何と大きくなられて!」

王様がおっしゃった言葉に偽りはない。
まさか王妃媽媽御自ら一行を率いお出迎え下さる程、待ち侘びていらしたとは。

王妃媽媽はそのまま御膝を屈め、吾子と同じ目の高さまで御体を折られる。
「王妃媽媽」

叔母上が小声で御諫めするのもお聞き入れにならず、王妃媽媽は吾子に向け光のような笑顔を浮かべられた。
「判りますか。憶えておられるか」
「わんびまま」

恐らく耳慣れた叔母上の先程の声を繰り返したのだろうとは思う。
しかし吾子ながら聡い。目から鼻に抜ける程に。
王妃媽媽は呼び声に大層嬉し気に頷かれ、吾子の柔らかな髪をその御手で幾度も撫でる。

「そうです。あなたのコモですよ」
「こも」
「お母上の妹は叔母です。コモですよ」
「王妃媽媽」

叔母上も武閣氏隊長として、そして大叔母として黙っていられぬのだろう。
確かにその王妃媽媽の御言葉は身に余る。
「どうかお取り下げを。まだ幼子故分別なく、本気に致します」

叔母上の制止に、王妃媽媽は平然と御声を返す。
「どこが悪い。本当の事を申したまでじゃ」
「王妃媽媽」
「けんかは」

その時小さく響いた声に、王妃媽媽と叔母上の声が止まる。
「めって、ははうえが」

王妃媽媽は気付かれたように、再び吾子へと御膝を折られる。
「お母上が、駄目とおっしゃるのですか」
「はい」
「ではお母上を悲しませてはならぬ。この口はめ、ですね」

王妃媽媽はそうおっしゃると、御自身の御口元を袖で隠された。
吾子が首を振り、畏れ多くも王妃媽媽の御袖に指先を掛けようと手を伸ばすのを見、寸での処で押さえて止める。
「控えよ」

栗色の目が驚いたように瞠られるのに首を振る。
珍しく駄々も捏ねる事無く、小さな手がぽとりと落ちる。
「・・・ははうえが」

何故か淋しそうに言って赤い唇を引き結び、吾子は貝のように黙り込んだ。
「失礼を」
小さく目を下げた俺に向け、王妃媽媽が御首を振られた。
「大護軍、この衣などいくら汚れても構わぬ。小さな御子と共に居れば汚れて当然じゃ。叱ってはなりません」

俯いた吾子の気を引き立てるよう、王様も御声を下さる。
「さあ、手を綺麗にしておやつを食べよう。何がお好みか。薬菓も茶食も強精もある。
正果にしようか。いや、生の果物が良いか」

おやつの声にようやく機嫌を直したように顔を上げ、次にその瞳が伺うように俺の眸を覗き込む。
本当に、小さい体の何処に入るか判らぬその喰いっぷりまでが。
「ちちうえ」

そう言って伸ばされる小さな手を握り、諦めて頷く。
お断りすれば不敬、お受けすれば厚顔。
さてと息を吐き口実を見つけようとした耳に、確かに届いた妙な音。

くぅぅぅ。

・・・その腹の中身には、一体何が詰まっているのだ。

小さな子の体から聞こえたとは思えぬ力強い音。
王様が咳払いをされ、王妃媽媽は吾子を御腕へ抱き上げられる。
「大護軍。申し訳ありませんが御子はこのまま坤成殿へお連れする。
育ち盛りの御子がお腹を鳴らすなど、決してあってはなりません」

綾錦の裳裾を翻し足早に歩き始めた王妃媽媽の横、王様が並ばれる。
その後ろ一歩離れた緑の庭を、俺達は無言で坤成殿へと戻り始めた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    しかし吾子ながら聡い。目から鼻に抜ける程に。
    間違いなくヨンとウンスの分身。
    流石です(^-^)
    王様も王妃様も、ヨンとウンスの子供だから愛しくて堪らないんですね❤
    ヨンも素直に喜べないのが
    辛いですねぇ~(^-^;
    さらんさん❤
    画像のヨンと子供の姿。
    素敵です❤

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