2016 再開祭 | 婆娑羅・32

 

 

懐かしさに泣きながら目を覚ました今朝を忘れない。
そんな朝は大嫌いなはずなのに。

今まで君と見た景色を覚えてる。
全部夢だったはずなのに何故かそう思えて仕方ない。

昨日の雪は遅かったらしい。俺が寝た時には、まだ降っていなかった。
それでもこうして起きてみれば、窓の外はまた新しい雪が積もってる。
そして相変わらずの眩しい朝陽がそれをキラキラ照らしてる。
眩しさに目を細めて、窓越しに輝いてる雪を見る。

最初に高熱でぶっ倒れた時の涙は、ここに来たショックと熱で頭が混乱しているのかとも思った。
懐かしくて泣くなんてありえない、初めて会った人のはずなのにって俺自身でも半信半疑だった。
でも今、ようやく答が見えた気がする。
この雪と同じだ。溶けて積もって、また溶けて積もって。
いつかこんな風に触れてもらった事がある。
その記憶だけが積もって、最後に思い出したのかもしれない。

腕をケガした時。そして昨日ケガした時。
ウンスさんが殴られた兵士の手当てをしているのを見た時。

忘れない、次に会った時には言おうと思っていた事が幾つもある。
それを言わなかったから、言うまで帰れなかったのかもしれない。
今でもまだ半信半疑な事には変わらない。
ただ好きになって、全てが都合のいい記憶の改竄かもしれない。

でもそれなら何故俺は泣いてるんだろう。泣きたいわけでもないのに。
そして他の全ての記憶がデタラメだとしても、あの健康診断の病院で擦れ違ったお姉さんだけは君のはずだ。

ねえウンスさん。最後に君に言いたい事がある。今度こそ言い残しちゃいけない気がするんだ。
今の俺は絶好調とは言えない。こないだ斬られた腕も治ってないのに、今日は足まで痛いしさ。
でも言い残したままだと、俺はいつまでも朝起きる度に君の笑顔の幻を見ちゃう気がするんだ。
朝焼けや夕陽や、花や雪や、雨を見る度にこれから君の事だけを何度も見ちゃう気がするんだ。

それは今チェ・ヨンと一緒に生きてる君にも、そして未来を生きてく俺にもすごく失礼な事だから。
今度こそきちんと伝えて終わりにする。
次に逢えるまで覚えておくっていう、最後の約束を守るためにね。

 

*****

 

「おはようございます、大護軍!」
「お早うございます!」
「・・・おう」

昨夜遅くに積もった雪が、窓から眩しい光を投げる兵舎の食堂。
この方を横に国境隊長と副隊長、そしてチュンソクと共に踏み入れば、朝餉の卓についた奴らが一斉に立ち上がり頭を下げる。
昨日の夕の約束通り、朝餉の膳に並ぶのは大層な馳走ばかりだ。
「刺客のお蔭で、今日の朝飯が旨い」
「いや、それを言うなら大護軍のお蔭だろう」
「その通り。大護軍が鍛えて下さらねば、生きて今朝の朝飯が喰えたか」
「全くだ」
「ついて行きますよ、大護軍。また鍛え直して下さい!」

刺客を捕縛し火も大した事が無かったせいか、どの顔も声も明るい。
国境隊長が呆れたように周囲を見回し、大きな声で奴らを一喝する。
「お前達、その言葉後悔するなよ。俺は知らんぞ」
「・・・え」
「今は鍛錬場が雪だらけだし、大護軍は王様の御役目だからな。
雪が解けたら、大護軍と迂達赤隊長が天人から習得した新たな武芸の鍛錬が始まるぞ」

食堂中の奴らが、国境隊長の声に固唾を飲んだ。
「だそうだ。チュンソク」
「開京に戻り次第、武芸書を記します。春に間に合うと良いが」

俺とチュンソクの続く声に、部屋内は嘆息に包まれた。
あなたはそんな遣り取りに楽し気に笑い、ふと堂内の卓を見詰めて小首を傾げた。
「カイくんは?まだ?」

いつも陣取るその卓に、確かに奴の姿はない。
「呼んで来ます」
この方の声を聞き気を回した国境副隊長が踵を返した処で、出入扉から入って来るカイと鉢合わせになる。

「おはようございます」
奴は堂内の誰にともなくそう言って、卓へと真直ぐに歩んで来た。
昨日までの憑き物が落ちたような、やけにすっきりとした表情で。

この方を背に一歩踏み出した俺を見据えると、奴は憤る事もないまま俺にも小さく頭を下げた。
「おはよう、チェ・ヨンさん。おはよう、ウンスさん」
「おはようカイくん、体調は?あとで傷口見せてね?」
「うん。ありがとう。だいぶいいよ」

穏やかなカイに毒気を抜かれたように堂内で立ち上がって居た奴らは朝飯に戻り、俺達は卓へ戻る。
「あのさ、もう一度後で天門に挑戦してみる」
カイは何事も無いかのように言うと、改めて卓の俺に向き直った。
「チェ・ヨンさん、あなたが歴史に名前を残した理由が、昨夜やっと判った気がする」
「そうか」
「ウンスさん」
「なあに?」
「星驰。シンチーって名前に覚えがない?」
「シンチー・・・」
あなたは記憶を辿っているのか、もどかしそうな顔で紅い唇を指先で幾度もなぞった
「ごめん。もしかしたら患者さんかも。過去の診察記録を読み返せば、思い出せるかもしれないけど」

頭を下げるこの方に、カイは慌てて首を振る。
「良いんだ。それよりウンスさん、もしかして昔は三つ編みに黒ぶちのメガネじゃなかった?」
「え?」
この方は藪から棒のカイの声に声を上げる。此度ははっきりと憶えておられるらしい。
「私、そんな事まで言ったっけ?確かにそうだったけど・・・」

カイにとってはそれで充分な返答だったらしい。
嬉しそうに一人腑に落ちた顔で幾度も頷くと俺を見て
「やっぱりなあ。男を見る目、少しはましになったね」

そう言って金の髪を朝の雪の光に透かしたまま笑っている。
そして奴以外の全員が怪訝な顔で己を見つめているのに気付くと小さく咳払いをし
「でさ、チェ・ヨンさん。昨夜何で鎧男が刺客だってすぐ判ったの?」
興味津々という顔で続いて尋ねる。

「断わり無く部屋に来た」
「それだけで判ったの?」
「臭いがした」
「臭い?何の?」
「火薬」

あの男から確かに火薬の臭いがした。
火薬屋ムソンからも同じ臭いがする。
手を洗おうと湯を使おうと、掌の奥底に染み込んだままのきな臭さ。
まして陽動直前に兵を襲い火薬を触れば、鎧に散った血か雪で濡れた手に火薬が着く。匂いがして当然だ。

しかし昨夜この兵舎に詰めていた奴らに火薬に触れる機会はない。
そんな命は出していない。奴らからそんな臭いがするわけがない。
「ああ、だからですか」
暢気なチュンソクが今頃になって唸った。

「昨夜あの刺客二人に縄を掛けた後、俺の両掌も真黒でした」
「少なくとも顎を砕いた奴は、襲撃直前に火薬に触れている」
「なるほどね。武芸の名手だけじゃ名将にはなれないわけだ。瞬時の状況判断能力は必須って事だな。そのへんは現代と変わらないね」
カイは妙な処で頷きつつ、俺を真直ぐに見た。

「武術、人望、人脈、統率力、頭脳、知識、戦略に部下への信頼」
指を折って数えた後で目を逸らし、最後に吐き捨てるように呟いた。
「おまけにルックス、なのに恋愛は一途って何だよそれ。コワっ!」

そして再び此方に向き合うと卓向こうから身を乗り出して
「俺さ、いつか本を書くよ。もっともっと勉強して、高麗時代の文献や歴史を調べて、いつか本を書く。
歴史学者になる。テコンドーも続ける。ね、ウンスさん。文武両道の俺ってかっこよくない?」

その声に褒め言葉を待つように、俺の脇のこの方へと目を移した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    カイくん 開眼!
    自分のやりたい、進むみち
    諦めず 突き進む!
    そんな気持ちが 涌き出たね
    その気持ちが 足りなかったのかな?
    今度こそ 天門潜れるといいね
    がんばれー! カイくん!
    ってことは
    お別れが近いわね。(。•́ωก̀。)グスン

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    さらんさん
    カイが、現代に戻って、将来書く高麗の書物に興味すごくあります!
    きっとウンスのこれからの事もきっと、調べるんでしょうね。ウンスの事はずっと気になるでしょうから…。

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