2016 再開祭 | 婆娑羅・25

 

 

前触れもなくドアを打ち鳴らす大きな音に、固いベッドから飛び起きる。
「・・・どうぞ?」

ドアから離れてて正解。側にいたら開いた扉にぶつかってただろう。
声を掛けるが早いか勢い良くドアが開いて、チェ・ヨンのでかい体が滑り込んで来た。
片手でウンスさんの手をしっかり握って、鎧の背に怖い程似合わないピンクのポジャギを担いで。

わざわざ見せつけに来たのかとウンザリした俺に厳しい目を向けると、チェ・ヨンは窓際に置いてあった椅子を持ち上げて、わざわざ窓とは反対側の壁際に寄せるとウンスさんを腰掛けさせる。
「カイ」
「何?」
「襲撃に備える」

突然チェ・ヨンに言われ、俺は首を傾げた。
「襲撃、って、あの、こないだみたいな?」
「刺客が二人」
「し、かくって・・・刺客?人を襲って殺す奴だろ?」

襲撃。刺客。現実離れしたそんな言葉に、脳が追いついて行かない。
だけど目の前の男は俺の質問にすんなり頷いた。
「狙いは天人。今此処に居る天人はお前かこの方だ」
「俺は狙われる心当たりなんかないぞ!」
「此方に無くとも、先方には山ほど有る」

奴は当然のように抑揚の無い声で言い放つ。
歴史上や時代劇で刺客に狙われる奴ら。
代表格は歴代の王、それに権力者の悪徳大臣や両班の政敵とか・・・
「おい、チェ・ヨンさん」
「何だ」
「まさか、狙いがあんたって事はない?」

そうだ。無関係な俺や未来から来たウンスさんが狙われるより、この有名な武人政治家チェ・ヨンを狙う方がずっと納得できる。
この男はイ・ソンゲに処刑される1388年まで生きるから、今どんなに狙おうと未遂に終わる事は判ってるけど。
だけどこいつの周囲の人間の生死までは歴史にない。

そうだ、こいつが言ってた。自分の口で。一人でも周囲の誰かが死んだら、勝ち戦じゃない。
ってことはこいつは自分が襲われる度に周りの奴らを守るのか?
回りの奴らはこいつを勝たせる為に、死ぬわけに行かないのか?
どっちも大変だ。まして本当に刺客がいるようなこんな世界で。

「それは無い」
「何で判るんだよ?狙われる可能性が高いのは、俺達よりあんただろ」
「情報が入っている」
「情報?どんな」
「委細は後にしろ」

これ以上の話はないと言うように、奴はそこで会話をバサリと切った。

 

真冬の部屋内というのに、奴の額に汗が滲む。
さすが天人だ。
武芸には秀でていても己が標的になる事には慣れておらぬらしい。

完者忽都、奇皇后。狙いはこの方か、それとも眸の前のこの男か。
可能性が高いのはこの方だ。奇轍の一件でも恨は積もっておろう。
実際戻っていらしてすぐに、この辺りで狙われている。

但しこの男の可能性も捨てきれん。天人である事には変わりない。

国内から倦んだ落日の元で返り咲く為、天人を側に置けばさぞ効果的だろう。
あの時チョ・イルシンの講じた猿知恵を奇皇后が働かせるとしても不思議ではない。

民への虚仮脅し、周囲への牽制。天の智慧と神の医術、先を見通す預言。
欲しがる理由ならいくらでも思いつく。
奇皇后は既に酒色に耽るトゴン・テムルを見限ったとの話もある。
ならば天人を餌にした皇太子アユルシリダラの足場固めが目的か。

さもなくば兄と同じように傾いた己と国の行方を知りたいか。
そう考えればこの方でなく、カイが標的と考えるのが妥当だ。

双方共に可能性はある。故に二人纏めて護るしかない。
「カイ」
「・・・これ以上聞きたくない。考え過ぎて頭が痛くて死にそうだ」
「考え過ぎで人は死なん」
「ものの例えだろ。誰も本気で死ぬなんて思ってないよ」

死ぬと思わず口に出すなど。
付き合い切れずに首を振れば、カイはそんな俺に肩を竦める。

 

俺の言葉に呆れたような顔をすると小さく顎を振ったチェ・ヨンは、気を取り直すように口を開いた。
「荷を纏めろ」
それだけ短く言うとウンスさんの横を守るように立ち、剣を握り直して壁にもたれる。
奴の一方的な命令口調を腹立たしく思いながらも、部屋に散らばってた服やノートや筆記用具をひとまとめにディパックに放り込んで。

結局使えないノートPCが空しく収まったまんまのディパック。
だけど電源のない場所に来るなんて、想像もしてなかったし。
最後に部屋隅に立て掛けてたリップスティックを折り畳んで抱えて
「オーケイ、完了」

そう言うとチェ・ヨンは壁から離れてウンスさんの手を掴み、無言で部屋を出て行く。
大人しくついて行くのも癪だけど、俺一人じゃ動きようもない。
一瞬戸惑って足を止めた俺を肩越しに振り返り
「早くしろ」

奴はぶっきら棒に呟くと、廊下を歩き始めた。

その廊下の窓から見える景色はこの数日間と全く変わらない。
昼の間はよく晴れて、夜になると雪が降る。
辺り一面足跡もついてない真っ白い雪景色。
俺にとっては贅沢なゲレンデのプライベートコテージからの景色にしか見えない。

こんなキレイな景色のどこかに刺客がいるかもしれないと言われて、はいそうですかって信じる事は出来ない。
ここに来た意味も判らないしすぐ帰れると思ってたのに、短い滞在で2回もターゲットになるなんて信じられない。

悪い夢とかじゃないよな?
よく小説とかマンガにあるみたいに実は俺は奉恩寺でコケて、石段で頭とかを打って昏睡状態で。
今の世界の全部がその時見た夢だった、みたいな夢オチとか。

いやその方がよっぽどマシだ。むしろそっちであってほしい。
目が覚めて病院で「いやあ、変な夢見たよ」って笑い話になる的な。

人間って本当に追い詰められるとバカみたいな行動に走るらしい。
夢である事を祈りながら、気付いたら思いっきり頬をつねってた。
あまりの痛さに、抱えてたリップスティックが腕から木張りの床に落ちた。
派手な音に前を歩くチェ・ヨンと、手を繋ぐウンスさんが同時に振り向く。

「カイくん」
足元に転がっていったボードを拾い上げると、ウンスさんはまだ頬をつねったままの俺に返しながら、困ったみたいに笑った。
「気持ちは分かる。残念だけどこれ、夢じゃないのよ」

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    そうなのよね 
    夢じゃないのよ~ カイくん
    夢だったらどんなにいいか…
    ウンスも何度思ったことか~
    でも ヨンとの仲は 夢じゃ ダメなのよね~
    ピンクの風呂敷は ここでも大活躍なのですね
    ヨンに… お似合い ( ´艸`)

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    インフルエンザでの体調不良は、良くなりましたか?
    咳が出ていらっしゃったようですから、まだ、体は辛いのかもしれませんね。
    仕事も、かなり押し詰まっているようで、大変ですね。
    ご予定していた韓国へのお出かけもできなくなり、本当にお辛いかもしれません。
    いろいろ重なって、ご自身の気持ちを盛り上げるのもきついかもしれませんが、「心と体の休息をいただいた…」と思って乗り越えてくださいね。
    お話は、楽しみに読んでいます。カイが、歴史書で学んでいたヨンの人物像を、今のところ認めようとしないのは残念です。でも、ソウルに帰るまでには、ヨンの素晴らしさを感じ取ってくれるといいな…と、願っています。
    ウンスに横恋慕してしまったようですが、ウンスは、何があってもヨンしか愛せないはず。
    カイも、気持ちを切り替えて、天門に入れるといいですね。

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    25話、読ませて頂けて嬉しいです。
    何だか、ハラハラしますね・・・。
    ドキドキです。
    ヨンの事だから勿論、ウンスもカイも
    護ってくれるでしょうが・・・。
    二人を護りながら、刺客と戦う事になるのかしら?
    わぁ~~、この後どうなる?
    もうインフルエンザも、すっかり回復されましたか?
    まだまだ寒さが続きそうです、ご自愛下さいネ!!!

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    インフルエンザ、大丈夫ですか?
    更新されて嬉しいです❤️
    金髪のカイ君、目立つだろうなぁ。
    くれぐれも無理せずに。美味しいものたくさん食べて、早く元気になって下さい!

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