2016 再開祭 | 婆娑羅・24

 

 

「大護軍」
雪の庭へ駆けこんで来た国境隊の兵が、緊張した面持ちで頭を下げた。
「鍛錬中、失礼します。鳩が来ました。大護軍宛の飛書が」

鍛錬の足を止めたチュンソクが俺の顔を確かめる。
「すぐ行く」
声を返すとそいつは深く頷き、敬礼の後で兵舎へ駆け戻る。
「鳩と言うと」

チュンソクは思わし気に顔を強張らせる。
「カイ」
それには答えず呼んだ俺の声に、カイが顔を向けた。
「小休止だ。今日は戻れぬかもしれん」
「判った。俺は部屋に帰ってるから」
「ああ」

短い話を交わしつつ、連れ立って兵舎へ足早に戻る。
出入扉でカイと別れチュンソクと共に軍議部屋へと向かう廊下。
国境副隊長が俺達に目を止め、慌てて廊下向こうから駆けて来た。

「大護軍、お呼び立てして申し訳ありません」
「飛書だそうだな」
「はい。隊長がお待ちです」
国境副隊長に先導されて軍議部屋へ踏み込む。
室内で出迎えた国境隊長は余計な事は一切言わずに頭を下げると、鳩の足につける小さな書筒を差し出した。
皇宮の鳩の書筒ではない。蓋に彫られた裏の一字。
手裏房の飛書かと、眉根が寄る。

此方が鳩を飛ばす事はあっても、飛んで来るなど滅多にない。
余程の事が無い限り、町中か市の何処かで擦り違いざま、掠めるような接触を図るだけだ。
此方の号牌かこの顔を認めた見知らぬ奴が、偶然のよう素知らぬ顔で。

だいたい頭領の師叔もマンボも、俺の知る限り大の筆不精だ。
そんな奴らが鳩を飛ばすなど余程の事に違いない。
書筒の蓋を開き、中に丸めて収まった飛書を振り出し広げ見る。

黒幇双動於完者狙也天人

掌の半分ほどの紙片に記された最悪な報せに息を吐き、そのまま卓上へ紙片を置く。
卓を囲む奴らが続いてそれを覗き込み文面を確かめると、一斉に此方を見る。
「黒幇・・・」

チュンソクの絞るような声に頷き返す。
「俺も密偵からの報せで聞き齧る程度だ。元の刺客で男二人、相当に腕が立つと。隊長」
「はい、大護軍」
「此処の兵は総勢どれ程だ」
「五十名ほどです。選り抜きの精鋭ですが、至急国境隊から援軍を」
「・・・いや」

首を振るとは思っていなかったのだろう。国境隊長が驚いたように此方を見つめた。
「この大きさだ。兵舎に無駄に人が増えれば動きにくい。
新顔の兵が増えるくらいなら見知った者だけの方が良い。
何しろ今は、刺客の面が判らん」

その言葉に真先に頷いたのはチュンソクだった。
「チュンソク」
「は」
「兵舎内の警邏を強化すると、隊長と共に兵達に伝えろ」
「は!」
「はい!」
「医仙とカイは同じ場所に置き、護りには俺が付く」
「場所はどうしますか、大護軍」

頭の中に兵舎の見取り図を描く。
何処を破られても辿り着くまで最も遠く、着くまでに返り討ちにしやすい処。
兵舎の中央は、やはり今居るこの軍議部屋。

盗聴を防ぐために兵舎最奥にあり、そして侵入には最も難い。
四方の壁の内、一面には出入扉。その向こうは真直ぐな廊下。
廊下の向こうには兵舎の中庭。
もう一方には窓。窓の向うは切り立つ岩肌。眼下の景色が遠く霞む。
どれ程優れた刺客とはいえ、鳥でもない限り此処を昇って来るのはまず不可能だ。
そして残り二方は頑丈な壁。

「この部屋に」
「判りました。此処を中心に廊下に二重警護を。窓にも兵を置きます。それに最精鋭を十と五名。
俺が指示します。残りの兵は国境隊長と副隊長の指揮の許、兵舎の警邏に。どうですか、隊長」
「判りました。兵らに指示を」

チュンソクの提案に国境隊長が頷き、そのまま並んで部屋を出て行く。
同時に卓上の飛書を指先で拾い上げ、そのまま俺も部屋を出る。

真直ぐ廊下をあの方の待つ寝所へと戻りつつ、窓外の昼の陽射しに照る雪の庭を確かめる。
其処に今、怪しい気配は無い。しかし短く明るい冬の昼はすぐ終わる。
そして訪れるのは、暗く静かな長い夜。

兄妹揃って余程あの方に執心と見える。
元がこれ程揺らぎ、力を喪い、それでも未だに付け狙うなど。
息の掛かる処へ近づいた途端に、こうして牙を剥いて来る。

寝所の扉を無言で開けば、射し込む日差しの中であなたが振り返る。
「あれ?ヨンア。まだ早いわよ?もうちょっとしたら、声をかけに行こうと思ってたのに」

無言であなたへ歩み寄り、卓上に広げられたカイの書を畳み懐へ突込む。
この頬へ触れて確かめようと伸びる指先を避け、卓隅に置かれた治療道具を一纏めにすると布で包む。
「荷はこれで全てですか」

掛けた声にあなたは幾度も頷いた。
「うん。でも、何?何があったの?」
「刺客が」

息を呑んだあなたの横。纏めた荷を肩から負うと布端を胸で縛り、小さな掌を握る。
「参ります」
鬼剣を握り直すと廊下へ出で、左右へ目を走らせる。
「離れず」

真昼間から精鋭の屯する兵舎に襲撃を掛けるとは考え難い。
だが刺客の正体も含め何が起きるか判らぬ以上、先手を打った者勝ちだ。
狙也天人。
今この兵舎に居る天人の、何方が標的なのか。

小さな手を取ったまま、廊下を小走りに進む。
鍛錬を中途で終え暢気に遑を持て余しておるだろう、もう一人の天人の許へ。

 

 

 

 

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