2016 再開祭 | 彫心鏤骨・前篇

 

 

「おかしなものです」

碧瀾渡への途中、中天の白い陽射しから頭を覆う影も無い一本道。
キム侍医は駆ける馬の鞍上から、目だけで横の俺へと振り返る。

「一旦奉じられた税の人参を、高値で買い戻さねばなりません」
「王様の薬剤だろう」
「はい」
「万一落ち度があればお前の首が飛ぶ。それだけでは済まん」

不愛想な物言いに、キム侍医は小さく笑う。
「確かに、ウンス殿にも関わります」
「そうだ」
「ですから、文句を言わずに見に行けという事ですね」
「ああ」

俺の前で慌てたように、この方が鞍から身を乗り出す。
「そうじゃないのよ!別に私だけ心配ってわけじゃなく、この人は典医寺全員を」
「あなただけです」

素気なく吐き捨て、チュホンの腹に踵を当てる。
常足で駆け出したチュホンの後、侍医の駆る馬が従いて駆け始めた。
確かにおかしなものだ。
薬の事など全く知らぬ俺が、この方を鞍前に抱いて碧瀾渡へ駆けているなど。
それもこれもマンボの入れ知恵の所為かと、鞍上で太く息を吐く。
「ヨンア」

息に気付いたか。
チュホンの手綱へ伸ばした腕の中に支えるこの方が、視線は前へ向けたまま気遣わし気な声で呼ぶ。
「はい」
「怒ってる?」
「・・・いえ」

陽は高く、雨の気配は無い。馬で一駆けするには良い距離だ。
これで後に従く侍医さえ無くば、さぞや楽しい野駆けだろう。
鼻先で踊る亜麻色の髪に 偶然のように唇を触れるのも許される。
落ちそうだと屁理屈を捏ね、鞍上でもう少し近くに寄る事も出来る。
それでも奴がいる以上、その全てを諦めるしかない。

「侍医が邪魔なだけで」
「それ、キム先生には絶対言わないでね?」
あなただけに届く声で耳許に落した愚痴に、腕の中の体が可笑しそうに小さく揺れた。

 

*****

 

「碧瀾渡」
「はい」

典医寺の部屋で向かい合うキム侍医は、俺に向けて頷いた。
「この処、良い人参が全く納められなくなりました」

その言葉と共に、互いに向き合い挟んだ卓上に小ぶりの絹張の箱が置かれる。
眸で問う俺にキム侍医の指先が、その蓋を丁寧に開く。
松葉を敷いた箱底、その上に立派な人参が一本だけ寝ている。

「これが最後です」
「典医寺での栽培は」
「三年前の冬の大雪と長雨が響き、当時の人参が根腐れました。
昨年より一気に収穫の量と質が落ちております」
「もっと若いものは使えんのか」
「最低でも三年物でなくば、思う薬効が望めません」
「ここ三年は駄目という事か」
「残念ながら。今年は期待しているのですが、本当に良いものが収穫出来るのは三年後です」

思わし気に息を吐く侍医に沿えるよう、この方が俺の袖を引く。
「あるとこにはあるの。開京以外の地方農家には、そんなに被害は出なかった場所もあるから。
だけど輸・・・外国用のものだから、普通は高い値段で買わなきゃいけないの」
「成程」

碧瀾渡を名指しされた意味は判ったと頷く。
王様に必要な薬剤ならば、買い付けるしかあるまい。
「王様からお許しは得ているか」
「はい」
「ならば行け」
「そこなのよ、ヨンア」

この方は情けなさそうに、包帯を巻いた手を上げて見せた。
「私がこんな手になっちゃったから、手綱を握れなくて」
「あなたが出向く必要はない」
「それがね?」

言い淀むその顔をじっと見つめると、困り果てた瞳が戻って来る。
「私かあなたが行かないと、どうしようもないの」
「あなたか、俺」

何故典医寺で用いる人参に俺が赴くのだ。
この方は申し訳なさ気に俯きながら、此方の顔色を窺うように早口で捲し立てた。
「うん。仲介してくれたのがマンボ姐さんだから」
「・・・マンボ」
「そう。いよいよ人参が切れるから、今朝姐さんのとこに行った時」

 

*****

 

「天女、珍しいね!」
久し振りに1人で出て来た開京の城下。
手裏房の薬局の店先で、私を見つけたマンボ姐さんが目を丸くする。
「どうしたんだい、ヨンアは一緒じゃないのかい」
「はい。今日は典医寺の用で来たんです」
「典医寺の」

姐さんは店先からあの人を探してあたりを見回してた目を止めて、もう一度こっちを振り返った。
「何だって典医寺の用で、こんなちっぽけな薬房に来るんだい」
「実は人参を探してて」
「ああ!なるほどね」

全部言わなくても分かってくれた姐さんは、腰に手を当てると大きな溜息をついた。
「うちにも全然入って来やしないよ。三年前の大雪と雨の時からね。
仕入れ先の畑が全部開京じゃ、どうしようもないさね」
「やっぱりそうかぁ」

絶望的。顔の広い姐さんの薬局なら、どうにか出来ると思ったのに。
肩を落とした私に笑うと、姐さんが小声で耳打ちをする。
「天女」
「はい」
「典医寺の用ってことは、金は皇宮から出るんだろうね」
「それは、もちろん」

姐さんは嬉しそうに頷くと、私から離れて薬局の奥に歩いてく。
そこからの手招きに誘われて、頭の上から吊るされた薬袋をくぐって、私は店の奥に入った。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます♪
    マンボ姐さんも儲ける気かしらね( ´艸`)
    典医寺相手となると相当だもんね~!
    紹介料や仲介料を期待してるのかも(๑•̀ㅂ•́)و✧
    そうなったらやっぱりヨンかウンスは行かないとね~
    二人だけなデートを兼ねてって感じだけど侍医がいるとそうもいかないもんね~
    ヨンお預け食らってる*(\´∀`\)*:

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    なんだかんだで ウンスのお願いには
    いやだと言い切れず…
    ヨンも 渋々だけども きいちゃうのね~
    心配なのは ウンスだけ!
    言いきっちゃう ヨン 素敵だわ
    ( ´艸`)

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    「あなただけです」
    「侍医が邪魔なだけで」
    此度のヨンは積極的に思いを
    語ってますね~(^^)
    邪魔者扱いされたキム先生。
    これから怪我をするというのに
    お気の毒ですね(^_^;)

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