2016 再開祭 | 宿世結び・参乃夜

 

 

「いいなぁ」

小さな蝋燭一つだけを灯した寝屋の寝台の上。
胸のこの方が呟くと、咽喉元に鼻先を柔らかく擦りつけた。

甘ったれな仔猫のように無防備な小さな頭をゆっくり撫でると、鳶色の瞳を閉じて
「でも私はここがいい。あなたの側がいい。ここ以外は絶対にいや」

俺に向けてか、ご自身にか、言い聞かせるような声が囁いた。
「今日の答ですか」
問い掛けに、閉じていた瞳が開く。

タウンの母堂を見て、ご自身の御母君を思い出されたのだろう。
けれど声にすれば俺を責める。そう心配し決して口に出さない。

そんな事は思わない。そうだとしても構わない。
例え総てを敵に回しても俺はあなたが欲しかった。傍に居たかった。
大切なものを捨てさせると知っていても、此処に残って欲しかった。

今更誹りを怖れるくらいなら、端から口に出したりしない。
あなたさえ共に居てくれるなら、どれ程罵られようと受け止める。
だから躊躇せずに口にして欲しい。御両親に会いたいと。

なのにこの方は小さな声さえ呑み込んで、俺の事だけ考える。
こうしてこの方に、どれだけの声を呑み込ませているのだろう。
何もかも口にしている振りで、天衣無縫を装って、その影でこの方はどれ程耐えているのだろう。

「覚えてたの?」
「はい」
気付かぬ振りで頷くと、紅い口許の両端がゆっくり上がる。
けれどそれは笑みというより、何処か無理した作り笑いに見える。
下げたいのを堪えて、どうにか持ち上げたように。

「今日は、もうちょっと言って良い?」
「何ですか」
「そうやって絶対に約束を守ってくれるところ。何ですかって聞いてくれるところも、全部好き。ヨンアは?」
「・・・意固地なところが」

意固地で淋しがりで、そしてそれを俺にしか見せぬ処が。
見えているのに騙し果せていると思い込んでいる姿が。
だから懐に入れ、隠して護りたくなる。

此処にいろ、此処があなたの居場所だと伝えたくなる。
隠したりせず、俺の前では思い切り泣けば良いと言いたくなる。
けれど意固地なこの方には無理な相談だ。
俺の胸許に鼻先を擦りつける素振りで、涙も一緒に拭ってしまう。

「うーん。ヨンアのほめ方って、毎回微妙よねえ」
「宥める隙を下さるので」

今も露呈していないと思って、こんな風に笑って話を誤魔化す。
だから胸で鼻先を受け止める振りで、隠した涙を拭いてやりたい。

蝋燭の灯の中で細い肩を抱き締め、慾へ傾きそうな己を戒める。
早く孫を抱かせろ。叔母上の声を思い出し息を吐く。

今は孫より何より、この方の涙を拭くのが先決だ。
いずれ鸛が運ぶ赤子より、今此処で涙を堪えるこの方が大切だ。

それでもこんな夜を重ねた先に、いつかそんな朝が来るのだろうか。
二人で夜引いて互いに赤子の面倒を見る。
翌朝揃って寝不足の兎のような赤目で役目へ向かう、そんな日が。

俺はいつか生まれる赤子を、この方以上に愛おしむ自信がない。
きっと生まれるその吾子は、この世で最も愛おしい赤子になる。
けれどそれでも誰より愛おしいのは、やはり目の前のこの方だ。

この方は良い母になる。母と離れる子の淋しさを誰より御存知の方。
御両親と引き離した分まで、いつかこの方と血縁の家族も築きたい。
俺達の大きな家族の輪の中で育つ、新たな命を見てみたい。
その新たな命は俺達の縁薄かった方々の血も享けてくれる事になる。

そして魂の縁を結ぶと共に、血の縁も久遠に結びたい。
傷ついているこの方の全てを、俺だけのものにしたい。
繋がっていきたい。もう二度と何処かで逸れぬように。

「・・・子を」
「え?」
独り言のような呟きに、胸の中に納まる小さな体が硬くなる。

「産んで下さいますか」
「そ、そそりゃ、それは・・・もちろん、出来れば」
「叔母上も早く抱かせろと」
「まあ、授かりものだからそれは・・・何とも言えないけど、でも、年齢を考えても・・・早いに越したことは」

珍しく歯切れの悪い声、戸惑う瞳を灯向うに透かし見る。

「俺は、イムジャ以上にはその赤子を愛せぬかもしれませんが」
「え?!」
正直な告白に、この方が仰天したように顔を上げた。

「あなたの次に愛おしいと思えます」
「そうなの?」
「はい」
「一番愛してるのは、私?」
「はい」

迷い無く頷くと、無理に浮かべていたような笑みに温みが戻る。
だから安心して良い。大声で泣いて良い。何でも口にして良い。
あなたの全てを受け止める胸は、いつでも此処で待っている。

そこまで考え我に返る。血の縁も結ぶ、赤子が欲しいとはつまり。
「・・・いえ、今直ぐでなくとも」

畑の案山子でも、もう少しましな言葉を知っているだろう。
これ程に艶の無い口説き方など。これでは風情も何も無い。
縁を結びたいから子を持とうなど、直情径行にも程がある。

灯の中で耳を熱くした俺を、細い両腕が深く抱き直す。
そして火照る耳朶に吹き込むような、甘く細い息が届く。

「あなたとの家族が増えたら、とっても嬉しい」

それが何かの合図のように、この両の腕が自由に動き出す。
抱き締められるより、抱き締める方が落ち着く。

細い腕の中の体を躱しこの方を出来るだけ優しく組み敷く。
其処に捉えた瞳が、今宵の黒夜に浮かぶ俺だけの月になる。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    ウンスの意固地なところも 
    さみしがり屋なところも…
    ぜ~んぶ かわいい
    ヨンの微妙な褒め言葉も
    照れて 遠回しな言い方も
    だ~い好き
    家族が増えたらいいね
    二番目に大事な家族が( ´艸`)

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    さらんさんの描かれる
    ラブシーン❤
    魅力的で、艶があり、
    上品な表現が本当に好きです(^^)
    今更ながらですが…
    さらんさんの【信義】に出会えたことに感謝してます❤

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    さらんさま
    お怪我の具合はいかがですか・・・?
    更新を続けていただいているので、
    落ち着いてきていらっしゃるのかなとは思っておりますが。
    ご無理なさらずに、お大事になさってください。
    心の声が豊かで、口下手な、さらんさん家のヨン❤
    とっても素敵な口説き文句ですね・・・
    ヨンと同じようにウンスも、
    家族との縁の薄いヨンに血縁を、とは思っていたでしょうが・・・
    タウンとコムがいない分、互いの心の臓の音が
    際立って聞こえてきそうな夜ですね。
    こちらは今夜も暑い夜です。
    高麗は熱い夜になるのかしら・・・❤

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    ヨンとウンスの夜・・・
    歯の浮くような甘い言葉を、ウンスに伝えられないヨン。
    そこが、こういうことに不器用なヨンらしく、かえって、ぐっ・・ときます。
    二人の赤子は欲しい。もしそうなったらきっと、赤子を最高に愛おしむことでしょう。
    でも、それでもウンスの次に。何より愛しいウンスですからね(*^^*)
    自分で、この後の二人を、あれこれ妄想しています。そんな気持ちにさせられる、優しい会話に溢れているので。
    直情経行に・・? どうするのかな、ヨン・・

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    さらんさん♥
    ギブスで自由を奪われた手で
    お話のアップ、ありがとうございます。
    痛みもあるのかもしれませんが
    利き手と逆の左手を駆使されて
    うぃんぱち君に向き合われているのでしょうか…(;´Д`)。
    そんな痛々しいさらんさんとは打って変わり、
    ヨンとウンスのラブラブなことといったら(#^^#)。
    しかも赤裸々に描かないところが、むしろEroticです。
    さらんさん、お大事にしてくださいね。

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    さらんさん、こんにちは!
    タウンさんのお母様を見てウンスも自分のお母さんの事を思い出したでしょう。
    こんな風に親娘揃って労ったり話したり羨ましい気持ちもあったはずだけど
    それでも両親よりウンスはヨンと一緒に居たかったんだものね。
    ウンスとしてもヨンを傷つけまいと言わないようにしてるのは目に見えてるし、そんな我慢させている事には気付いていても中々口に出せないヨン
    本当にお互いの事を常に考えてる2人だけど、今夜はなかなか饒舌ヨンですね❤️
    「子を産んでくれさいますか」なんて普段言わなそうだもの
    でもヨンの熱い想いと全てを包み込むようなヨンの心、普段見られない感じでグッときます❤️
    2人の甘~い夜ですね( ´艸`)

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