いつの間にか季節は移り、暖かい茶が嬉しくなった。
「ねえねえ、ヨンア?」
卓向かいの声に呼ばれ、柔らかい湯気の立つ茶碗から眸を上げる。
「今晩は月がきれいよ?見て見て」
あなたの視線が、今宵は一度も腰を下ろしておらぬ縁側へと走る。
その視線を追ってから、長い睫毛を瞬くあなたに首を振る。
途端に戸惑う瞳を見れば、この胸は騒ぐ。
けれどそんな気分ではないのだ。どう言えば伝わるのか判らない。
喜びそうな品を探しに出掛ければ期待は空振りし、欲しい物を尋ねれば挙がるのは治療道具ばかり。
挙句の果てに最も欲しいと口に出されたのは、高麗では聞いた事すらない天界の道具らしき物だった。
喧嘩はしたくない。吝をつけたくもない。
共に居てくれて嬉しいと、気持ちを伝えたいだけなのに。
大切に想うているのは己だけかと、うら寂しい気分に襲われる。
向かい合う居間の中、油灯が秋風に揺れる。
柔らかい色の影がその瞳の中で形を変える。
縁側のあなたに汗をかかせる不安も、風邪を引かせる心配もない、長くなり始めた秋の宵。
並んで虫の声を聴くのも良い。黒天鵞絨の空の月を見上げるのも。
四方山話に刻を費やし、膝に抱き締めて過ごし、昼の疲れに眠り込んだら抱いて寝所へ運んでやる。
今宵はそうせぬのかと、今のあなたが無言のうちに問うているのも判っている。
だからそんな愉しみを教えてくれたあなたに伝えたかった。
夫婦として迎える二度目の秋に。
共に居て下さる事は偶さかではない。俺を選んで下さって嬉しい。
次の秋を迎える時にも、必ずあなたと二人でこうして居たい。
あなたが拵えた寝所の天界の暦、其処に書かれた小さな赤い印。
全ての始まりはその赤い印だったのに、書き入れた当のあなたは忘れたのだろうか。
己の口から言い出すのは癪で、けれど口論したい訳ではない。
洩れるのは太い息だけで、それを悟られぬよう唇を結び直す。
櫛。簪。笄。飾り紐。絹。耳飾り。首飾り。
宝玉付きの帯飾。紅。白粉。
必要ならば、翡翠でも瑪瑙でも真珠でもこの足で探して来る。
だから教えてくれれば良い、あの時のようにこれが欲しいと。
以前は素直におっしゃっただろう。
沓。衣。飾り物。上から下まで一揃え。全部買ってくれるか。
俺はその時、確かに頷いた筈だ。
碌など貯め込んでいても仕方がない。さしたる使い道もない。
うんと我儘を言えば良い。婚儀の折に白絹を探したように。
他の者を助ける事ばかりでなく、此度は御自身だけを満足させる、美しい何かを買えば良いのに。
夫婦として迎える秋、決して忘れぬ約束の日。
あの澄んだ秋の陽射しを、あなたの声を、胸に立てた誓いを幾度も思い出す、いつより大切な日。
そんな記念の日に、何か残せる物を贈りたい。
身に着けるでも良い、飾るでも良い、置いておくだけでも。
眺めるたびにあの秋の日を思い出せるような、そんな品を。
それだけなのにそれすら言われない。欲しがるのは患者を救う治療道具ばかり。
まるで俺達の記念の日が、患者らよりも軽く扱われている気にすらなってくる。
ただあの日を思い出して欲しいだけなのだ。
何故恥を忍び、周囲の好奇の視線に晒されてまで通りを歩き廻ったのか、その訳を。
「イムジャ」
「うんうん、なぁに?」
卓向かいから身を乗り出し、期待に満ちた瞳が此方を見詰める。
「・・・寝みましょう」
それでも口喧嘩はしたくない。あなたを責めたりしたくない。
あなたにとって患者の命、一つ一つがどれ程重いか知っている。
これ以上何か言えば、あなたを傷つける一言を吐くかもしれぬ。
それだけは絶対にしたくない。そんな姿に心を奪われた俺が。
居間の席から立ち上がり告げた一言に、あなたは呆気に取られたように口を開いた。
「ヨンア」
その声に頷くと、あなたは暗い庭を指す。
「まだ8時半くらいよ?もう寝るの?」
八時、半。
その声に庭の上、夜空の月を見上げて見当を付ける。
位置からすれば戌の刻、初更に差し掛かったばかりだろう。
「・・・はい」
言い出した以上後には退けず、俺は無言で一礼するとそのまま居間の扉を抜ける。
いつもよりも喧しい足音を立て寝屋へ向かう背から、慌てたような足音が暗い廊下を追って来た。

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なかなか 言葉無しでも
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気持ちも伝わらない
ぐぬぬぬぬぬぬ
ウンスさん 気付いてあげて
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さらんさま
前々から密かには思っておりましたが・・・
ヨンって、乙女なところありますよね~❤
ウンスのニブチンも相当なものですが(笑)
さらんさま家のヨン、ホントに可愛いですよね~❤
ニヤニヤがとまりません