2016 再開祭 | 閨秀・拾玖(終)

 

 

変なところで目が覚めた。

見慣れない場所、目の前に運動場みたいに広がった大きな広場。
思わず瞬きをして目をこする私に、頭の上から声が降ってくる。

「・・・おはようございます」

その声だけはどこにいてもすぐ分かる。大好きな低い声。
慌てて上半身を起こすと、驚いたみたいにあなたが頭をよけた。
「ここ・・・」
「鍛錬場です」
「そうだ、私」
「よく寝ておられた」
「なんで起こしてくれないの!」

みんなが並んで、史劇に出てくるみたいに弓の練習をしてたのは覚えてる。うわー、と思ったのも。
そのみんなを中を回りながら一人ずつ指導してるあなたに見とれてたのも。
やっぱりすごくカッコいい、あなたはこうしてる時が一番生き生きしてるって・・・してるって思って・・・
「すみません、隊長。寝てました!」
今さらながらそう言って頭を下げる。
あなたはそんな私を見ると、呆れたような溜息をついた。

「知っております」
「訓練中に寝ちゃうなんて、新入り失格です、よ、ね?」
「構いません。寧ろ静かで」
「それ嫌みですか?隊長」
「とんでもない」
あなたは木のベンチの上でうーん、と高く伸びをすると、少しだけ笑ってくれた。

「腹が減ったでしょう」
「え」
「飯に行きます」
困ったみたいに太陽を見上げて、あなたが小さく首を傾げる。
「もう昼餉に近いですが」

その声に思い出したみたいに、私のお腹が小さく鳴った。
あなたは楽しそうに吹き出すと私の指先をゆっくり握る。
少しだけ。そう思いながら、その大きな手を握り返す。

大きな広場を手をつないで横切りながら
「何が喰いたいですか」
「おまんじゅう!」
「・・・飽きもせず」

そう言いながらあなたはさりげなくつないだ手をほどく。
「隊長?」

ほどかれて淋しくなった手をもう一度伸ばしたのに。
あなたはそのまま、さっきまでつないでた指先で、広場の足元の結構な大きさの石を拾い上げる。
そして勢いよく振り返ると、指先の石をノーモーションで広場の横の雑木林目がけて思いっきり投げつけた。
「隊長!」

私の叫び声と同時に林の奥から
「うおっっ!」
「危ない!」
そんな大きな声が聞こえて来たのに驚いて、広場の端で足を止める。
「・・・出て来い」

不機嫌な声であなたがぼそっと呟く。
林の奥が一瞬シーンと静まり返った後、落ち葉をかさこそ踏みながら、決まり悪そうな顔の迂達赤のみんながぞろぞろ出て来た。
「何用だ」
「いえ、あの・・・」
煮え切らない皆の声に、あなたがアゴを上げて腕を組んだ。
「何だよ」
「ですから隊長、それは」
「はっきり言え」

みんなを睨むあなたの目が真剣で思わずぷっと吹き出すと、あなたは信じられないって顔で横の私をじっと見つめる。
「・・・医仙」
「すみません、隊長。でも」

まるで幼稚園の先生と生徒みたいなんて、素直に本当のこと言えないし。
「私たちのこと守るために、みんな見張ってくれてたのかなあって」
そんな助け舟を出すと、みんなが必死で頷いた。

「は、はい医仙!」
「そうよね、だって4人一組って言われたもの」
「そうなんです!それで」
「隊長お一人だけの折、万一の事があれば」
「そうそう、私は新入りなのに図々しく寝ちゃってたし」
「いえ、そんな事は!」
「先輩方、お心遣いありがとうございます」

場を取り成そうと頭を下げてから、呆気に取られた顔のあなたを見上げる。
「・・・医仙」
「隊長、だから先輩方を叱らないでね?みんな命令に従って心配してくれたんだから」

ね?ね?って目で合図すると、あなたは渋々頷いた。
これで一安心って息を吐いたのは、私が先かみんなが先か。
「但し」
あなたの口からダメ押しのように出た声に、その場の全員が固まる。

「これきり」
その声は私に言い聞かせてるのか、みんなに言ってるのか。
「あは、は、は」
「承知しました、隊長」
「もちろん、これきりで」
「確りと、医仙をお守りします」
「ですから隊長は留守中でも、大船に乗った気で」
あなたの声にみんなが慌てて頷いた。

「・・・泥船でないと良いがな」
あなたはそれだけ言い捨てて、すたすた広場を歩き出す。
「そんな!」
「信じて下さいよ、隊長!」
「覗きの好事魔をか」

歩き出しちゃったあなた。着いて行けずにその場で叫ぶみんな。
私が小走りであなたの横にくっつくと、安心したように瞳で少しだけ笑ってくれる。
その優しい顔を、心配そうに叫ぶみんなにも見せてあげればいいのに。

「覗きなんて」
「そんなんじゃないんですよ」
「すみません、もう二度としません!」
「絶対にしません、隊長!」

少しずつ遠くなるみんなの声を聞きながら、あなたは笑い出すのをこらえるみたいに口をぎゅっと結んでる。
楽しそうなのは分かる。だから。
「ご飯に行くんですか、隊長?」
そう聞くとあなたは頷いて、横にくっつく私を優しい瞳で見おろしてくれる。
「饅頭を」
「はい、隊長」
「命令を取り下げねば」
「え?」
「常に四人というのは」
「はい、隊長」
「俺の不在の時だけと」
「そうして下さい、隊長。じゃないと2人っきりになれません。もっと一緒にいたいのに」
「・・・隊長と」

あなたはとても嬉しそうに私の声に頷いて少し腰を折ると、並んで歩く私の耳元に口を近づけた。
「もう一度」
「・・・てー、じゃん?」

誰にも聞こえないはずなのに。自分で言い出したはずなのに。
私が立ち止まってゆっくり呼ぶと、あなたは驚いたみたいに目を丸くして、耳を真赤にしながら歩いて行っちゃう。
「あ、待って下さい隊長!」
「もう結構」
「てーじゃーん!」
「結構です」
「ゆっくり歩いて下さい、隊長!」

振り向きもせずに歩くあなた。叫んで後ろを走り出した私。
そんな私たちを通りすがりに、笑いながら見つめる迂達赤のみんな。

私たちの追いかけっこは、2人で迂達赤の大門を抜けるまで続いた。

 

 

【 或日 迂達赤 外伝 | 閨秀 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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