2016再開祭 | 玉緒・結篇(終)

 

 

「あ、旦那!!」

門から入って来た背の高い影に、チホが槍を抱えて走り出す。
気付いた俺も慌ててその後を追っかけた。
「旦那、久し振りじゃねえか!!」
「ヨンの旦那!!」

俺達に纏わりつかれて、ヨンの旦那は迷惑そうに眉を寄せる。
「煩い」
久し振りに会えたのに、相変わらず素っ気ないんだよな。
兄弟子って言われて顔を出してくれるようになったって、旦那は何をやってるんだか、年に幾度かしか会えない。
俺もチホも旦那の役に立ちたいから留守の間だって弓や槍の鍛錬も欠かさないし、こうやって会えるのを今か今かって待ってるのに。

歩き出した旦那の横に付きながら
「旦那、また背が伸びたな。いつまででっかくなる気だ」
「帰って来たのか。また行っちゃうのか」
両脇から大声で騒ぐと、旦那は黒い目で呆れたみたいに俺らの顔を順に見た。

「シウラ」
「うん」
「弓の腕は上がったか」
「上がったよ。今は十矢で五か六矢は当たる」
「最低八矢だ。出来れば皆中が良いが」
「分かってるよぉ。だから後で教えてくれよ」
「・・・暇があればな」

旦那にねだる俺を押し退けるみたいに、横から無理矢理チホが割り込んで来る。
「旦那、旦那」
「・・・何だ」
「俺にも聞いてくれよ、なぁなぁ。腕上がったかって、なぁ。旦那を守れるように、俺は槍にしたからな」

旦那は何も答えずに壁に立て掛けてあった竹箒をでかい手でひょいと握ると、そのままチホの頭にその先っぽを振り下ろす。
硬い乾いた音がして、チホは避ける暇もなくその先を頭に受けた。

「いっ・・・てえなぁ!何だよ、急に」
「襲うと言って襲って来る敵などいない」
「だからって、まさか旦那が襲うとは思わねえだろ!」
「甘い。敵だと思わない奴が敵だったりする」
「そうじゃねえよ、俺は誰が敵になっても、旦那だけは!」
「旦那だけは何だよ、チホヤ」

無理矢理割り込まれて膨れてた俺が、チホの言葉に機嫌を直してにやついてるのに気が付いたのか、奴は俺を突き飛ばした。
「にやにや笑ってんじゃねえよ!」
「いきなり何なんだよ!お前こそ突き飛ばすんじゃねえよ!」
突き飛ばされた拍子に、さっきまで鍛錬してたせいで蓋をし忘れた矢筒から一本抜けた大切な矢を拾うと、ついた土埃を吹いた息で払う。
後でちゃんと拭かなきゃな。そう思いながら矢筒に戻して、今度はちゃんと矢筒の蓋を閉じてから、俺はチホを睨みつける。

旦那に一等最初に教わった事から、全部ちゃんと覚えてる。

自分の武器を取り落とすのは、敵に命をくれてやるのも同じだ。
全部こなそうと思うな。得手が一つで良い。後は拳でぶん殴れ。

旦那に教えてもらった事はこうして全部覚えてるんだから、きっといつかはちょっとは役に立つだろ。
旦那は滅茶苦茶に強いから、何が出来るかは分かんないけど。

遣ってられんとか何とか呟くと、旦那は睨みあいを始めた俺らをそこに置いたまんま、一人で大股で歩いてく。

「あ、旦那!」
「待てって、旦那!!」
俺らは慌ててその背中を追っかけて走り出した。

 

*****

 

「・・・大護軍らしいな」
話を聞いたトクマンは、俺に笑って頷いた。
「うん。赤月隊の事もその頃は知らなかったからな。年に幾度か会える兄弟子って思ってた」

それを知ったのは、魂が抜けたみたいな旦那が酒楼に戻って来た時だった。
師匠とマンボ姐さんは、猛烈な勢いで怒鳴ってた。
あの頃、酒楼から毎晩遅くまで漏れて来る声で知ったんだ。

あのおっかない大師匠が、有名な赤月隊の隊長だった事。
そしてヨンの旦那が、赤月隊で一番若い部隊長だった事。
大師匠が王様とかいう、顔も見た事のねえ奴に殺された事も。
旦那が悲し過ぎてこんな風に戻って来て寝てばっかりいる事も。

そしてそんな旦那が死んだような顔で皇宮に入ってすぐ。
師匠とマンボ姐さんはある晩、突然俺とシウルに言った。

「明日出てくよ。こんなとこうんざりだ。荷物纏めな」

そして翌朝、まだ陽が昇らないうちに本当に俺達は酒楼を出た。
金目のもん以外何もかも、そっくりそこに置いたまんまで。

その時シウルは、離れてく酒楼を振り返りながら言った。
「あん時、決めて良かった」
「何の事だよ」

静かな曙の中には無駄に声が響くから、目いっぱい小さな声で聞き返すと
「ヨンの旦那の財布を掏ろうとした時、師匠が言ったろ。明日にゃもう会えねえって。
引き払える訳ねえだろって俺が言ったら、帰れって言われた」
「そうだっけ」
「そうだよ。本当だったんだな」

その後どれだけのとこを回っただろう。西京、江都、臨津、漢江。
でも師匠も姐さんも、ヨンの旦那を心配してるのだけは分かった。
だってどこに行っても、必ず開京に残る手裏房の誰かといつでも繋ぎを取ってたから。

だけど全部、もう昔の事だ。それを知らないトクマンにわざわざ言う事じゃない。
今の旦那は今まで見たいつより幸せそうだし、ヒドヒョンもいる。
認めるのは癪だけど迂達赤って仲間も出来たし、それに何より。

「シウルくん、チホくん、あ、トクマンくんもいたの?!」

その明るい声に物思いをぶち壊されて、俺らは三人並んで立ち上がった。

大きく手を振って、酒楼の門から庭を駆けて来るちいちゃな影。
その横をぴったり守るみたいに、本当の二つ目の影みたいに横に張り付いた、見上げる程でかい影。

「あのね、柿のことで相談に来たの。マンボ姐さんは」
「おやおや、久しぶりだねえ天女!」
俺らが何を言うより先に、明るい声を聞きつけた姐さんが酒楼の厨から飛び出て来た。
「どうしたって」
「あのね姐さん、今年柿がたくさん生ったんです。とてもじゃないけど食べきれないし、お裾分けもかねて、酒楼でも出したらどうかなあって」
「こりゃ嬉しいねえ!大護軍と天女が拵えた縁起の良い柿だから、さぞかし高く売れるだろうさ!」

姐さんはヨンの旦那が差し出したポジャギを受け取って、嬉しそうに笑う。
「・・・ただで貰って売りつける気か」
ポジャギを渡しながら呆れたみたいに旦那が言うと、姐さんが真面目な顔で
「ほんとにあんたは金ってもんを知らない男だね!ただより怖いもんはこの世にないんだよ!」
その姐さんの声に天女が頷く。
「そうよヨンア。おまけを下さいは良いけど、タダで下さいとは私でも言わないわ。でしょ?」
「・・・はい」

しばらく考えた旦那がそう言って、すごい真面目な顔で頷いた。
今その幸せそうな顔を見られるから、別にわざわざ悲しかった時の事なんか言いたくねえよ。

「旦那、旦那!」
俺とチホはそれぞれ旦那のとこに一目散に駆け寄る。
「今日は時間あんのか。ちょっと見てくれねえか」
俺がそうねだるとチホが負けじと割って入って
「ふざけんじゃねえよ、俺が先だろ!何しろトクマンに教えてんだから、俺の腕を先に見てもらわねえと」
「て、大護軍!」

そうだった。今日は俺らだけじゃねえ。
ひと際でっかい大男が、俺らの後ろから悠々と頭一つ出た頭上で槍を振り回しながら
「今日の成果を、俺も見せたいです!」
そんな騒ぎにマンボ姐さんと天女が、びっくりしたみたいに目を丸くする。
そして旦那は心底うんざりした顔で
「知るか!」
って一声、酒楼どころか青空まで響くような声で、大きく吼えた。

 

 

【 2016再開祭 | 玉緒 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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