2016 再開祭 | 婆娑羅・23

 

 

「もしかして俺、ケンカ売られてる?」

そんな暇は無い。喧嘩ではなく俺は仕掛けられた戦を受けた。
喧嘩どころか此方は本気だ。そうでなければ此処まではせん。

重んじて来た体面を袖にするなど、いつもの俺なら考えられん。
だがこの方は、カイと共に居て嬉しそうだった。
天界の些細な出来事を話す時も、褒め言葉を掛けられた時も。

懼れる通り天界を思い出し、帰りたいと思うかもしれん。
それでも俺達には、共に過ごして来た短くない刻がある。
共に過ごすと決めた、この命の最後まで続く誓いがある。
離れたなら探しに行けば良い。行けぬなら待てば良い。
幾度でも、いつまでも。

帰りたいなら、少しでも迷いがあるなら、今天門は開いている。
正直な方だから、迷ったならば必ず言う筈だ。
しかし一度たりとも潜ると言っていない。それが俺の知る総て。

解決の策は判らん。
俺に出来る事などそうはない。約束を必ず守る事以外。
私のお守りは大変よと言ったこの方を、誓い通り死ぬまで護る。

此処に居る国境隊の奴らが俺の醜態を吹聴するとは考え難い。
それが証に国境隊長が、慌てて兵を食堂から追い立てるよう
「早く喰え、喰った奴から外へ出ろ!」
離れた席で声を飛ばし、兵らも無言で飯をかき込んでいる。

「隊長」
声を掛ければ奴は背を伸ばし、恐る恐る此方を振り返る。
「構わん」
「大護軍、しかし」
「良い」

俺の声に隣のあなたも頷いた。
「そうよ、ご飯はみんなで食べた方が美味しい。戦の時はのんびり食べられないんだし、ね?」

お前らを信用している。
戻って来たこの方を北方兵舎へ隠した時も、最後まで情報が漏れる事はなかった。
そして吹聴するならすれば良い。漏れる事も計の内だ。
万一漏らした奴がいたとしても恨み言を言う気は無い。

噂の伝播も役に立つ。周囲が俺達の仲を吹聴し、耳目が集まる程にそれは真実となる。
真実となってしまえば対応するには厄介を極める。
誰に反論すれば良いのか、肝心の相手が判らない。
結局噂の力に流され有耶無耶になる。それが民意というものだ。
そこまで考え、この方に向き合ったのだ。

そして動須相応。
奴が天界の話をするなら、俺は高麗で共に過ごした刻がある。
孫子は説いている。百戦百勝は善の善なるものに非ず。
戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。
戦勝だけが善いわけではない、戦わずして相手を降伏させる事が最も善い事なのだと。

しかしこの男の負けん気はそれくらいでは挫けんらしい。
逆に喧嘩を売っているのかと、妙に意気込んでいる程だ。

今押さえるべき要点は三つ。
一つは奴に俺達の仲を認めさせる事。邪魔を許さぬ程に。
一つは奴の知らぬ思い出を語りあう事。口を挟めぬ程に。
最後に最も重要な一つは、この無益な戦を疾く終える事。
天人相手に戦とは、全く骨が折れる。

この方を晒し者にした事だけが心底不愉快だ。
稚拙な対抗心で巻き込みたくはなかったが、この方には然程気分を害するものでは無かったらしい。
兵達の屯する食堂の真中で箸を口許に運ばれても、幼子のように其処へ飯を詰め込まれても、怒って部屋を飛び出すでも声を荒げるでもない。
ただ嬉しそうに時折俺を見て、見つめ返す眸に安堵するように再び卓の皿へ箸を伸ばす。

ほんの偶には何も考えず、こうしてこの方だけを見ても許されるのかもしれん。
肚の裡で懼れながら、眸の前で他の男に奪われると焦れるくらいなら。

天界の事が話せぬのなら、俺達の世での事を話したい。
此処で共に過ごすと約束したい。
共に語り合える思い出を作りたい。
そうして過ぎる刻の中で、いつか互いに忘れるだろう。
初めての出逢いの時は生きていた世が違っていたなど。

それを思い知らせたのは眸の前のこの男だ。そういう意味では感謝しても罰は当たらん。
この男が天界の事を話して連れ去ろうとするのなら、俺はあなたと歩むと誓ったこの世の事を話そう。
共に作る先の事を語りあおう。
今から俺が天界に赴きその全てを修める事が出来ぬなら、これから俺達が共に作る先の景色を描こう。
我が高麗の北から南まで、あなたの足跡を残そう。

そして天界に俺の名でなく、あなたの名が残れば嬉しい。
高麗皇宮に神医と称された医仙、柳 銀綏がいたと。

孫子ではこうも説いている。
兵は拙速なるを聞くも未だ巧久なるを睹ざるなり。
長期戦で無駄には戦わん。多少下手でも速攻で勝負を決める。

攻めるには一息に。それにはこの手しか考えつかなかった。
この短期決戦を戦勝で収める手。
目前の男の戦意を喪失させる強烈な一打が必要だった。
其処まで考えて繰り出した手だ。
これで歯向かって来れば、次はより熾烈な一撃を喰らわせる。

退いて欲しい。これ以上の無益な戦は御免だ。
男の為でなく、俺のこの方を巻き込まぬ為に。
しかし卓向いから睨むカイの目に、退く気配は全く無い。

これでは早晩その襟首を掴み、天門へ放り込まねばならん。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ヤキモチやきー!
    気になりだしたら止まらない
    ウンスとカイくんが 楽しそうに話すのが
    気に入らない… 気に入らなーい!
    カイくんが 帰るまで なんと 長いんでしょう
    ウンスを待ってた 四年が 短く感じるかもー

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    揺らぐはずがないのに、
    こわくなって、考えて考えて行動しても、
    また倒れちゃうんじゃ、、、
    一緒に寝ているときに、
    心からの会話/ボディトークで、
    金髪くん関係なく、
    しっかりと結びつかないものですかねー。

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