2016 再開祭 | 棣棠・陸

 

 

五更から朝焼けの色へ移る、窓枠の形に切り取られた空を一晩中眺めた。

窓から射し込み始めた、東の山の稜線からの斜めの陽射しが眸に入る。
身動ぎもせず過ごした寝台の上、硬くなった足を床へ下ろす。

ゆっくりと窓際へ歩き、閉ざした窓を押し開く。
流れ込む新鮮な朝の風を胸の奥まで深く吸い込み、胸裡の雑念と共に全て吐き出す。

結局答は出ない。
しかし此度遥々開京から西京まで足を運んだ理由は、あの方に逢う為ではない。

西京将師への右軍将の依頼。そして西京軍の視察。
右軍将就任への言質は取ったが、もう一つの目的は達していない。

一晩同じ姿勢でいた所為で、背が軋んだ音を立てる程凝り固まっている。
長い伸びをし肩を解し、首を廻し腰を捩じり膝を曲げ伸ばし、体中の筋肉を緩める。
兵に鍛錬をつけるつもりで己が怪我をしては、他者に示しがつかぬ。

一晩考えても答は出なかった。
あの女人が誰であろうと、今は一旦忘れねばならん。
チュンソクが手縛、トクマンが槍術。俺がテマンと共に剣と弓の力量を見定めれば、一両日中には終えられる。

忘れていたいからこそ、鍛錬に集中せねばならん。
あの方、いやあの女人から逃げるにしても攫うにしても、正体が判らぬ以上、先は決められん。

まずは頭を空にして、廊下で待つ弟分を安堵させて。
そして一晩各々の部屋で気を揉んでいただろう奴らに平気な処を見せねば、奴らが次に何を思い付くか判ったものではない。

考えるな。あの方であれ、違う者であれ、今はまだ答は出ない。
そう考えながら鎧を着け、背紐に手を伸ばしかけた指が止まる。

あの方が俺の背で、細い指でそれを結んで下さった日。
そして泣き顔を隠すよう、無言でこの背に寄り添った。

イムジャ。

どうして後にならぬと失くした物に気付けぬのだろう。
あの時あれ程失いたくないと、我を忘れて願ったのに。

何故俺は愚かしく幾度も同じ轍を踏み続けるのだろう。
故に誓った。次に戻って来た時は生涯懸けて護り抜く。

あの女人が本当にあなたならば、俺は二度と迷わない。
離す事も逃がす事も忘れる事も自由にさせる事もない。

この腕の檻に閉じ込めて、あらゆる目から隠すだろう。
たとえあなたが望もうと望むまいと、俺だけのものに。

あなたはおっしゃった。私のお守は手が掛かる、諦めた方が良い。
それならあなたも知るべきだ。俺の心の狭さも、そして偏屈さも。

もしも昨夜の女人が本当にあなたなら、男の前で肩も露わな衣を纏い、誉めそやされるなど二度と赦さん。
あの時鬼剣を抜かなかった己の不手際を今になって悔いても遅い。

考えまいとすればするほど、この瞼に焼き付いた昨夜の姿が蘇る。
あなたかどうかも判らぬのに、それでもあなただと信じたくなる。

あの声で呼んでさえ下されば、黙って其処まで駆けて行く。
そして必ず伝える。此処に居りました。帰りを待ちました。
再びこうして抱き締められる日を指折り数えておりました。

だから言って欲しい。あの門から帰って来たと。
呼んで欲しい。一言で良い。あの声であの日のように隊長と。

それでも今は、開けるべき目前の扉を開ける。
その外で待つ弟に、いつまでも気を揉ませる訳にはいかん。

部屋の扉を大きく開き、外の廊下へ一歩踏み出す。
誰よりこの気配に敏感な弟は、扉脇で立ったまま俺を出迎えた。
一晩中寝ておらぬのは、こいつも同じなのだろう。
徹夜で過ごした春浅い廊下の寒さに、眼の下に黒い隈を拵えて。

それでもこの顔を見、ようやく少し安心したように笑って下げた頭を、俺は乱暴に撫でた。

 

*****

 

「将師が夏の北伐で、右軍を率いる」
早春の朝日に照らされた鍛錬場。
居並んだ西京軍の兵らを前に、昨夜妓楼でも顔を合わせた副将が声を張った。

「大護軍直々の御命令だ。将師もこの中から右軍の兵を選抜する。良いか、絶対に大護軍の足を引張るような下手はするな!」
「はい!!」
副将の喝に兵らが一斉に返す声が、淡い青空の下に響く。

「将師の恥になるような戦い方はするな!」
「はい!!」
副将と兵らの声に、脇に控えた俺達四人は互いに目交ぜする。
チュンソクが満足そうに俺へと視線を向ける。
その視線に顎だけでほんの僅か頷き返し、再び兵へ眸を移す。

「今日から暫し、大護軍と迂達赤の方々が鍛錬を付けて下さる。滅多にない機会だ、絶対に無駄にするな!」
副将の声に歓喜の声を上げた兵らが、正面脇の俺達四人を見詰めて
「よろしくお願いします!」
と頭を下げる。

良さそうだ。統率も取れている。何より誰一人として、副将の声の傾聴の姿勢がだれておらん。
背が伸びている。視線も定まっている。全員の目が鍛錬場の正面で檄を飛ばす副将を追っている。

こういう細かい処こそ誤魔化しが利かん。将に信頼を置かぬ兵は、戦場でも使い物にならん。
そしてこういう軍は鍛錬も行き届いていると相場が決まっている。

必要な武技を伝えるにしても、然程手を焼く事はなかろう。
兵らの深く下げた頭に頭を下げ返した俺達四人は鍛錬場に散り、互いに組み合い始めた兵の合間を歩き出した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    無よ 無…
    心を空っぽに
    今は 考えないでー
    テマン安心したかな?
    ヨンが心から求めてるのは ウンスだし
    それをわかってるから
    テマンだってイヤよね 
    そっくりさんなんか( p_q)

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    お早う御座います。切ないわねぇ。ヨンの、心が、壊れ無い事を、祈る!あの女性が、ヨンを、尋ねて来ても平然な態度で話す事よね。本当に、ウンスなら声を、掛けるのに、何故か?考えればそして天門が、開いて無い事を、頭の、中に !

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