2016 再開祭 | 婆娑羅・16

 

 

あの夜更けの寝台で、男が声も立てずに零した涙。
あの方は苦しいかと尋ね、奴は無言で首を振った。

そういうものだ。厭な勘ほどよく当たる。

「カイ」
「何?チェ・ヨンさん」
「熱は」
「ああ、もうすっかり下がったよ」
カイは蒼天の下、雪交じりの風に金の髪を靡かせて笑う。

あの騒ぎから二日。大人しく薬湯を含み粥を喰い、奴の熱は引いた。
確かに熱は下がったが、代わりにもっと厄介な病を抱え込んだらしい。

「じゃ、やろっか?トレーニング・・・じゃないか、鍛錬?」
そう言って庭の雪の中を兵舎の出入扉へ駆け戻って行く。
「ウンスさーん!トレーニング場にいるから!」

勢い良く其処を開けたカイが、兵舎の中へ声を張る。

「病み上がりで何無茶なこと言ってるの?雪の中でそんな事しないで」
中からあの方の大きな声だけが聞こえて来る。
「だってヒマなんだよ?さっきも天門チャレンジしたけど、まんまと弾かれたじゃん。
ウンスさんだって見てたでしょ」
「だからって!」

近づく足音。開けた扉から覗く亜麻色の髪。
それでもあの方はカイの脇を通り過ぎ、真直ぐ俺へと駆け寄って来る。
小さな両掌がこの上衣の袖口を握り、ねだるように左右へ振る。
「ヨンア、止めて。風邪が治ったばっかりなのに無茶させないで」
「奴の自由です」
「それはそうだけど、またぶり返したら?集団感染も怖いし」
「ねえ、ウンスさん?」

無視され素通りされた程度で引き下がる男ではないらしい。
憮然とした顔で雪の中を此方へ向かって・・・いや、この方に向かってカイが小走りに戻って来る。
「俺の風邪のことなのに、どうしてチェ・ヨンさんにいちいちお伺い立てるわけ?」
「だってカイくん、私の言うことじゃ聞かないでしょ!」

必要以上に寄れば斬れる。万一この方に手でも伸ばそうものなら。
しかし奴はそうしない。あの熱を出した夜から。

必ず一歩距離を置く。まるで近づき過ぎるのを懼れるように。
大切なものを見るような目で、ただ追っている。

「うーん・・・だって素直に聞いたら、構ってくれなくなるじゃん」
「ふざけてるの?」
「まさか。至って本気だよ」

唇を尖らせ拗ねたように俯く横顔が。詰まらなそうに雪を蹴る沓先が。
誰かに似ている。よく知る誰かに。

「ちゃんとあったかくするから。ねえウンスさん、それよりトレーニング終わったら、お願い聞いてくれないかな」
カイは羽織っている上着の胸へと手を差し込み、其処から薄平たい何かを取り出した。
白い線が繋がったその板のようなものを俺の横のこの方へと示すと、この方は目を輝かせた。

「あ、懐かしい。MP3だ。まだ電源入るの?」
「うん。チャージしたばっかりだったし、全然余裕」
興味を引かれたこの方の反応が嬉しいのだろう、意気揚々とその板を指先で弄ってみせる。

「ウンスさんは2012年以降の曲知らないでしょ?一緒に聞こうよ、ねえねえ」
「うーん、時間がある時にみんなでね」
気の無いこの方の返答に、一途に尻尾を振るような屈託のない笑顔が。

しかしその笑顔が向く先はこの方だけで、俺には不愛想もいいところだ。
不愛想どころか明らかに敵意を剥き出しにしている。
「皆とはイヤだな。俺はウンスさんと聴きたい」

俺の前でそんな目の玉の飛び出るような事を、平然と言ってのける。
そんな言葉を聞いて、寧ろこの方の方が顔色を変える。
「カイくん、ふざけ過ぎよ」
「何で?何度も言ってるだろ?俺は至って本気だって。本気って意味判ってるの?それとも聞き流してるの?」

この方がどれだけ困ろうと、平然と言い放つ。
今は俺達だけだからまだ良い。チュンソクや国境隊長でもいればまた悶着が起きる。
兵の前でそんな遣り取りを交わそうものなら、潰れるのはこの方の顔。

こんな餓鬼の面子などどうでも良い。いざとなればその尻を蹴って天門の中に突き飛ばしてやる。
帰ろうが帰れまいが知った事では無い。奴が熱さえ出さねば、俺達は今頃開京へ戻っていた筈だ。

どうやってその口を閉じさせようかと俺が一歩詰め寄った途端、先にこの方が口を開く。

「カイくん、私も何度も言ってるでしょ?私はね、この人が大切なの。この人だけなの。その意味は分かるよね?」
「判んない」

下らぬ無駄口をこれ以上延々と聞く気は無い。
この方の手を握りそのまま兵舎へと戻ろうとした俺に掛かる鋭い声。
「逃げるのかよ」

手を握ったままで振り向けば、声と同じだけ尖った目が其処にある。
「逃げるのかよ。逃げて部屋に閉じ籠めて俺が帰るまで遣り過ごす?二度と会わせずに?自分の物だから?籠の鳥だ、そんなんじゃ」
「煩い」
「あんただけだ、チェ・ヨン。あんただけが何も言わない。いつもそうやって、うるさいだの黙れだの。
言われても俺は黙る気も、引き下がる気もないけどね」
「カイくん!」

呆れたように叫ぶこの方の声にも、奴の口は閉じない。
「自分から教えろって言い出したくせに、テコンドーはどうすんの?
そんな中途半端な気持ちで、教えろとか言ってんなよ。俺はウンスさんが好きだけど、 教えるのは別だ。
あんたの顔を見るだけで腹が立つけど、引き受けた以上きちんと 教える。ここにいる限りは」

今もう一歩戻り、その生意気な面をぶん殴れればどれだけ良いか。
だがそんな事をすれば認める事になる。籠の鳥の如く扱っていると。
そして巻き込む事になる。ただ一方的に懸想されただけのこの方を。

「気が合うな」
殴れぬから、息を整え奴に言う。
「何が」
「俺もお前を見るだけで心底腹が立つ。しかし教わる」
兵がそれで一人でも多く生き残れるなら、無事に愛する者の許へ戻れるなら悪い取引ではない。
「上等だね」
真直ぐ睨んだ視線の先、カイは懼れる風もない様子で睨み返して吐き捨てた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    あら~ 
    ヨンとウンス間に
    入り込もうと… ウンスは No!って言ってるのに~
    カイくん粘るわね。
    それを傍から見る ウダルチたちは
    ドキドキでしょうね~ 
    あ~ 神様 早く カイくん帰して~!

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    わぁーお、エルだったのですねー。
    言われてみれば。長髪のイメージなかったから、わかりませんでした!
    カイと言えば、私もEXOのカイが思い浮かびました。でもカズレーザーは…(爆)
    私も大好きな主君の太陽。エルの初々しさにやられたクチです。金髪長髪のエルをイメージして、婆娑羅を楽しみます♪
    さらんさん、せっかくのチャンス。無事に韓国に行って、ミノ氏に遭遇できるといいですね。

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