「分かんない」
広過ぎる豪奢な部屋に差し向かい、喰い切れぬ皿の列の向こう、あなたが不満げに口を尖らせた。
此方を見る瞳に怒りの色はない。
しかし口調には不穏な気配が漂っている。
「何か」
手にした銀の重い箸を卓へと戻し尋ねた俺に
「ヨンアが分かんない」
この方は呟くと少し拗ねたよう視線を逸らす。
「せっかくのお休みなのよ?王様だって媽媽だって気を使って、こんな豪華なところを予約してくれたんでしょ?
偉い人もああしてわざわざいいお部屋を用意してくれたし、こんなおいしいご飯まで作ってくれたのに。
さっきから全部ダメダメばっかりじゃない」
「はい」
王様や王妃媽媽が特定の臣下に御配慮頂く事が露呈すれば、その御厚情に御足を掬われる事もある。
この部屋は俺のような臣下が使って良い処ではない。
そして数多の兵の中、守りに立つでも戦に出るでもない俺だけがこんな飯を喰う理由もない。
目下の敵の有無ではない。
官位や待遇に胡坐をかけば、取り返しがつかなくなるのが宮中だ。
その厄介さは身に染みている。うんざりするほど眸にもして来た。
この方に災いが降りかかると判っていて、放って置くなど男ではない。
そして何より俺自身、そんな扱いが性に合わない。
自由に行きたい処も選べず、粗末な宿の小さな布団で温め合うも、饅頭を頬張る姿を眺めるも許されぬ理由が判らない。
「俺は・・・」
うまく言えない。俺は厭なのだ。
何処に居ても何をしても、それに大護軍という尻尾がついて回るのが厭なのだ。
王様の忠臣である事は己が知っていれば良い。他人からそんな目で見られるのが厭なのだ。
俺を好こうが嫌おうが、そんな事は構わない。大護軍だから丁重に、その扱いが厭なのだ。
王様という金の風呂敷で包めば、路傍の石も宝玉に見える。
皆が取り扱いに細心の注意を払い落とさぬように気を遣う。
それが我慢ならぬのだ。
「・・・少しお休み下さい」
そう言って席を立つ俺に、此方を見る瞳が細くなる。
「どこか行くの?」
「宿直を確認して参ります」
此処に居れば不要な口論になる。
俺と同じ考え方をしろというのは傲慢だろう。
「決して部屋からお出にならず」
最後に言い残した俺に、この方は無言で頷いた。
部屋を出た途端、廊下を守る兵が揃って頭を下げた。
扉の両脇に一名ずつ。廊下の兵の間隔は廿尺余り。
敵が居らぬ、平和な場所だとその広い間隔が言っている。
「冷えるな」
孟春の夜の板張り廊下の冷気に呟くと、兵らは笑みを浮かべ
「外の歩哨より良いです。大護軍のお側にいられますし」
そう言って白い息を吐いた。
「温石を持て」
「はい!」
頷く奴らの前を通りながら
「今宵の長は何処に居る」
その問い掛けに手近の兵が姿勢を正して答えた。
「屯所におります」
「・・・共に歩哨に立たんのか」
途端に低くなった俺の声に、答えた兵の顔に緊張が走る。
「あの、それは・・・」
上役を悪く言う事は出来んのだろう。察してすぐに
「会って来る」
それだけ残して廊下を行く俺に、全員が深く礼を返した。
*****
「大護軍とお会いするなど、温宮では叶わないと思っていました」
一人で出向いた屯所の中で、出迎えた宿直長は頭を下げた。
熱いほど温まったオンドル床は温泉の賜物だろう。
その上ご丁寧に部屋隅に火鉢まで据え、屯所は春を通り越し初夏のようだった。
あの冷えた廊下に立つ奴らとは雲泥の違いだと思うと、他軍とはいえ腹が立つ。
「このような辺境まで、大護軍にご足労頂けるとは」
俺よりかなり年嵩だろう。開京の五衛で顔を見た憶えはない。
そんな宿直長の出迎えに
「何故歩哨に立たん」
勧められた椅子に腰を下ろす事もなく、切り口上に俺は尋ねた。
宿直長は戸惑うように
「他の兵で充分足りておるので」
そんな言い訳じみた言葉を返す。
「ならば兵を五人減らせ」
「え・・・」
「長なら一人で五人分動け」
「そ、それは・・・大護軍、しかし」
「俺達の部屋前の守りは不要だ。一人で良い」
あの方がこの眸を盗んで勝手に出歩くのだけは困る。
その為にも扉の守りが一人だけ欲しい。
それ以外は奴らが十人立つより一人の方が動き易い。
第一王様の御行幸でもあるまいに、俺の部屋前に隊列を作ってどうする。
「明日からの宿直を立て直せ」
部屋を出る間際に振り返り残した声に、宿直長は呆気に取られた表情で頷いた。

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たてまえではお仕事ですから
王さまの配慮も
手放しで喜べず…
ヨンはウンスと二人っきりが
よかったのよね ( *^艸^*)
残念
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生まれた時代の差ですね(^^;
ヨンの気持ちも
ウンスの思いも分かるから
何と言えば良いのか、はぁー(–;)
王様も罪作りな事をしたような…
こんな事を言ったら不敬罪かな?
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さらん様
こんにちは。楽しくお話読ませて頂いています(^ ^)
最近になって初めてシンイを観ました。
もー大変です、どハマり過ぎて 毎日のように見返しています!
メッセージでも送らせて頂いたのですが、アメンバーご承認をお願い致します。
さらんさんはメッセージもすごい数届くのではないかと思い、こちらからもご連絡させて頂きました。
本当に楽しい、素敵な続編を書いてくださってありがとうございます。読める事が幸せです。。。(T_T)
あの終わり方じゃ、気になって気になって。
執筆活動頑張ってください。
ジョニー