2016 再開祭 | 婆娑羅・17

 

 

「基本動作は、これくらい」
白い息を吐きながら、カイは高く上げた足を降ろして言った。
最初の日は此処でへたばっていたが、今日は意地でも座り込む事は無く、俺とチュンソクを見詰めて指を折って数える。

「構えは全身半身横身。高さは上段中段下段。幅は水月線に胸線肩線。
2人とも動きはスムーズで問題ないし、あとは型を覚えてけばいいよ。実戦に使いたいんだよね?」
「・・・実戦以外に何がある」
「競技。テコンドーは基本的には、競技種目なんだよ」
「技を競うのか」
「動作の正確さ、力強さ、バランス、リズム、美しさを型で見る。組手ももちろんある。
ライトコンタクトで相手の背面、帯から下への攻撃は禁止。
パワーブレイキングでは板を何枚割れるか競ったり、あとはスペシャルテクニック。
高い遠いとこに置いた板を、飛び蹴りで割るんだ」

チュンソクも理解出来ぬように首を捻ると
「・・・天界なのですね・・・」
多くは話さず、それだけ言った。

全くだ。あの方のおっしゃった通り、誰も武器を持たず戦もない。
聞きしに勝る長閑さだ。技の美しさを競うなど。
これ程有益な武術がありながら技を競うのみ、実戦に用いぬなど。

「テコンドーはとにかく蹴り。一番よく使うのは廻し蹴り。
これも後ろ廻し蹴り、跳び回し蹴り。跳び後ろ回し蹴りがある。
踵落としも前後があるし、前蹴り、掛け蹴り、連続蹴り、それにサンバルチャギは左右の相手を同時に蹴る。
横蹴り、回転横蹴り、跳び横蹴り、跳び回転横」
「講釈は要らん」

頭が痛くなる。
トルリョチャギ、パンデトルリョチャギ、ティミョトル リョチャギ、ティミョパンデトルリョチャギ。

延々と技の名だけ羅列されても意味は無い。相手に当ててこそ、倒してこその武術。
相手の隙を生むよう確実に当たる、見た事もない足技は必ず覚えたい。

こうして学んで初めて知った。この武技は型が全てだ。
総ての動きが型によって流れて行く。計算されている。
あとは速さだ。これだけは持って生まれたものだろう。
体の芯を鍛えねば生まれぬ速さ。平等に覚えさせるなら其処からだ。

「とにかく正確な型と角度を教えてくれ」
「・・・何かムカつくね。確かにあんたの言う通りなんだけどさ」
俺が何を言おうと、カイの腹立たしさは薄れぬらしい。
眉を顰めると奴は切れた息のまま、俺達に向き直った。

 

冬の陽があと二刻長ければ、今日一日で型を総て覚えられたものを。
カイは俺達に足技を伝授しながら、薄い夕闇の中で茫然として呟いた。
「・・・あのね、あと残ってるのは殆ど使わないピットロチャギとサンバルチャギ。
それからサンベユシットトラヨッチャチルギっていう、360度全方向の回転横蹴りなんだけど・・・
これは滅多に相手にヒットしない分、当たったらもの凄い破壊力だよ。何しろ回転の勢いがつくから」

さすがに足の上げ過ぎだ。上げたままで角度や爪先の向きを直され、朝から今まで半日以上。
雪の中で足場も悪かった。
チュンソクも息を切らしながら足を降ろし、カイの声に無言で頷いた。

「まさかこんな早く覚えるとはね。恐れ入ったと言うか、やっぱなんかムカつくと言うか」
「あとは反復で良いんだな」
腹を立てるばかりの餓鬼の相手は出来ん。要点を確かめる声にカイは頷く。

「うん。テコンドーはとにかく正確な型を実践するのが一番安全だし、一番破壊力があるから。
角度も、あとは呼吸も。明日教える」
「頼む」

カイは寒そうに肩を竦め、羽織っていた上衣の頭巾を被り直すと襟元の紐を確りと締めた。
チュンソクは小さく頭を下げると、懐の手拭を取り出し、今日何度目かの額の汗を拭った。
そして兵舎へ戻る為、雪の庭で出入り扉へ踵を返した刹那。

扉の木枠に真直ぐ腕を伸ばし、その腕に体の重みを預けるように佇む小さな影。
雪の庭を包む宵の帳の中、焚き始めた篝火に半ば隠れた不機嫌極まりない表情。

「・・・ヨンア?」
それ程不機嫌な顔をしていながら、掛かる声は気味が悪い程優しく穏やかだ。
俺に甘えているのだろうかと、都合の良い勘違いをしたくなる。
駆け寄り腕に抱き締めれば、胸に頬を寄せてくれるかと思う程。

この方の声にカイは如何にも不機嫌そうに俺を睨み、チュンソクは慌てて頭を下げる。
「・・・はい」

だが知っている。こんな時こそ、とことん機嫌が悪いのだ。
それを知らぬカイやチュンソクからすれば、この場に居合わせ気まずく感じるのも無理はない。

そうではない、この方は今相当腹に据え兼ねている。
俺に甘えているのではなく、肚の底から怒っている。

カイの鍛錬の時には滲む程度だった汗が、一気にこの額に浮かぶ。
怒っているならいつものように怒鳴れば良い。
言いたい事を吐き出してくれた方が気が楽だ。

それすらせぬ程怒っている、その理由が思い当たらない。
そんな心裡を知ってか知らずか、この方は剣呑な作り笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

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