2016再開祭 | 竹秋・肆

 

 

手裏房からの帰り道。春とはいえ、夜の道はやっぱり少し寒い。
私は肩をすくめると、あなたの横を歩き出す。
「テマンとトギ、大丈夫かな」

酒楼の前で別れて、トギを典医寺に送ってくれたのは嬉しいけど。
テマンはこの人の声に従って昼も夜も駆け回るし、腕も立つから心配ないにしても、夕方以降はめったに出歩かないトギが一緒だと思うと少し心配。
まあテマンに限っては、送りオオカミになるなんてなさそうだけど。
オオカミというよりは絶対忠犬よね。トギにお座り!って言われたらそのままちゃんと座って待ちそう。

その二人の光景を想像して吹き出した私に、並んで歩いてるあなたの不思議そうな黒い瞳が降って来た。
「如何しました」
「ううん、トギとテマンのこと考えてたの」
「・・・ああ」

私の声に次はあなたがふ、って低い声で笑った。
「どうしたの?」
「ヒドが」
「ああ、トギに名前を聞いたこと?」
「・・・はい」

あの時は私も、チホさんやシウルさんも、そしてテマンも驚いてた。
あなただけがちょっとだけ嬉しそうに2人の話を聞いてたけど。

「まさかヒドさんがあんなに何度も聞くなんてね。トギは・・・」
「此方の言う事は判り、口は動く」
「だけど言葉が」
「特別扱いはせん。それが奴の流儀です」

あなたの言葉に少し驚く。特別扱い。
だけどあなたはごく当たり前だって顔で、逆に私をじっと見た。

「物を頼むなら先ず名乗る、当然ではないですか」
「・・・うん」
「話せと言ってはおらん。唇を読めるから聞いた。それだけです」
「そうよね・・・」

あまりの正論に、思わず深く頷いてしまう。
どうして今まで誰もそうしなかったんだろう。自分も含めて。
トギは話せない、だから指を読む。指を読めなければ声をかけない、話さない。
みんながそんな風に接していた気がする。自分も含めて。

もちろん複雑な話になれば、読唇術での会話は難しいだろう。
だけど簡単な会話なら、慣れれば話せるのかもしれない。
第一トギに聞いた事もなかった。話せない理由。
遺伝的なものか、先天性なのか、それとも後天性なのか。
声は出ないのか、それとも発声は出来るけど話せないのか。

治療が出来ないから?
自分に耳鼻咽喉系の知識や、治療の技術がないから?
無理に聞く事はできない、言いたいと思えばその時は自分から言ってくれるだろう、そんな風に考えてなかった?
それは遠慮や、もしかしたらトギの障碍を理由に距離を置くことにならない?
トギがしゃべれないのを理由に、気を使ってるつもりで逆差別になってない?

どうして典医寺にいるのか。ご両親やご家族は?
私が来た時にはもうチャン先生ととても親しかったけど、どんな関係だったんだろう?
チャン先生や典医寺のみんなを失くしたあの悲しさは、私もトギもきっと同じだったのに。
一緒に話せば一緒に乗り越えられたかもしれないのに、あの頃は私も毒や天門やキチョルの事でゆとりがなかった。

トギのことが大好きだし、薬草や薬湯の知識を心から尊敬してる。
いろんなことを教え合って、すごく長い間一緒にいる気がするけど。
だけど私、自分で思ってるほどトギのことを知らないかもしれない。
「うーん」

思わず考えこむと、あなたがきょとんとした顔で私を見つめた。
「何ですか」
「いろいろ、考えちゃって」
「・・・はい」

でも不思議な事がある。思いついて、私は足を止めた。
横を歩いてたあなたも私につられて足を止める。
「ねえ、ヨンア」
「はい」
「じゃあ、ヒドさんはどうして私をずーっと女人って呼ぶの?名前は知ってるはずなのに、何で呼んでくれないんだろう」

あなたは尋ねた私から急に視線を逸らすと、春の月の上がった空を睨んだ。
「・・・それはヒドに」
「どうして急に不機嫌なの?」
「不機嫌では」
「嘘、すごく不機嫌な顔してるじゃない!」
「いえ」
これで話は終わりって言うように、あなたは空から視線を戻すと前を見て、私の手をぎゅっと握りしめた。
「帰りましょう。冷える」

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    フツウに接してくれることの
    ありがたさ。 
    トギも 名前を聞かれること なんて
    めったに無いこと。それに 誰かが先に
    この娘は「トギだ!」 親切にも教えちゃうものね~
    それが 当たり前になってたかもね。
    なんで「女人…」 そりゃね
    ヨンの手前 そう簡単には呼べないかも。
    送りオオカミテマン… ちょっと見てみたい気もするが~
    無いな 無い無い(笑)

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