「あれは・・・寝ていらっしゃいますね」
「ぐっすりと・・・」
「起きそうもないですよ」
「隊長」
五巡目の矢を射終え矢筒が空になるが早いか、奴らは足音を忍ばせ弓を担いだままで、眠るあの方の椅子から一番遠い鍛錬場の逆隅へと集まった。
其処から背伸びをした爪先立ちで、眠るあの方を眺めたトルベが首を振る。
「片付けは俺達が後で。医仙を部屋に」
確かに座ったままの転寝、いつ前のめりに落ちるか気が気で無い。
ただ眠り込んだばかりだ。すぐに起こすのも。
トルベの言葉に頷き、まずは一人であの方の長椅子へ足早に寄る。
「・・・イムジャ」
低く呼び掛けても目覚める気配は無い。
ただ小さな声で何か唸ると、細い体が横へと傾ぐ。
支えようと慌てて長椅子の横へ腰を下ろした途端。
ころりと転がった頭が俺の膝へ落ちて来る。
麒麟鎧を着けていなくて幸いだった。
落ちた頭が星を打った硬い前垂に当たっていれば、今頃この方は痛みで飛び起きたろう。
仮枕で安心したのか、膝の上のあなたは幸せそうな顔で寝息を深くする。
長い髪を丸く髷に結い上げている所為か、届く花の香がいつもより薄い。
握る鬼剣を長椅子に立て掛け、寝息を確かめ直して眸を上げる。
真先にそれを見つけたトルベが、逆隅の奴らを鍛錬上から追い出しにかかった。
男達は誰一人抗う事無く素直にトルベに従い、列をなして鍛錬場を後にする。
全ての兵の姿が消えて初めて、膝上のあなたの寝顔に見入る。
眠れているのだろうか。あのように侍医を亡くして以来。
あの頃俺が眠り続けたのとは逆に、この方は眠れているのか。
解毒薬の事もある。徳興君や奇轍はまだ生きている。
安堵とは程遠い今の状況で、この方は眠れているか。
居場所が判っていながら攻め込む事も、怒りに任せ斬る事も出来ん。
俺に出来るのは寝台で共に横たわり、小さなその手を握る事だけだ。
大丈夫だ。あなたが居れば俺はまだ。握る手でそう伝える事だけだ。
それでも共に居たい。もう一度尋ねればあなたに返事をして欲しい。
共に居ると。俺の傍が一番安全だと。
離れぬと。俺から決して逃げないと。
この命が尽きるまで護って欲しいと言ってくれるなら。
あなたの寝顔を護れるのなら、もう少しだけ剣を振れる。
*****
「あんな方だとは思わなかった」
「何しろ天界の方だったしなぁ」
「もっと近寄りがたく、神々しいかと」
「怪我や病でもせん限り、お会いする機会もお話する事もなかったし」
鍛錬場から兵舎へ戻る奴らの口から、そんな声が次々に飛び交う。
「あんなに可愛らしい方だったんだな」
「昨日のホッケ茶といい、食堂での話といい」
「隊長を本当に思っておられる」
「そうだな」
「そうだ。だから」
それまで黙っていた俺が頷くと、周囲の奴らは言葉を切り俺を見た。
「典医寺の二の舞は許されん。医仙は命に代えても必ず守る」
「ああ」
「火女たちが奇轍に取り返される事はないのか、徳興君のように」
「徳興君は王族という名分があった。あいつらにはない。脱獄でもせん限りは」
「それなら良いが」
奴らには幾度も煮え湯を飲まされた。誰より俺達の隊長が。
二度と許さん。隊長の面子を潰す事も、その行く手を塞ぐ事も。
そんな事になるなら誰が相手だろうと、命を張っても止める。
「医仙を守る事が、俺達の隊長を守る事になる」
思いが声に滲んだか、皆は俺を見たまま黙って頷く。
「ああ、そうだな」
「あんな隊長を見ちゃあな」
離れた鍛錬場を振り返る。
囲まれた立木の奥、隊長の肩から上が辛うじて見え隠れする。
葉を落とした晩秋の立木では隠し切れんその背。
俯いたように見えるのは、きっと膝上の医仙を見守っているのだろう。
あんな風に誰かを見つめる隊長など、今まで俺達の誰も知らなかった。
これまで見た事もない隊長ばかりだ。医仙をここへお連れして以来。
そしてそんな隊長をずっと見ていたいと思う。
今まで人間離れして強い人だった。ずっとああなりたいと願って来た。
でも俺は今の隊長が、これまでで一番好きだ。
「トルベ」
トクマンが鍛錬場の隊長の後姿を見つめたままで、横の俺を呼ぶ。
「何だ」
「隊長、守ろうな」
「そうだな。守りたいな」
「守りたいな、じゃなくてさ。守ろうな」
俺の隊長を守りたい。その道を塞ぐものは命を懸けて押し退ける。
俺の憧れ。俺の目標。男なら誰でも挑戦してみたいと思わせる人。
隊長が迂達赤兵舎に突然ふらりと現れた初日、ぶちのめしたいとあれ程思ったのが嘘のようだ。
守りたい、俺の隊長を。
秋の陽射しと立木に紛れて、ほんのひと時倖せな息継ぎをするあのお二人を。

SECRET: 0
PASS:
しあわせよね~
部下からも 守りたい 守ってあげたいって
思われるのって。
テジャンの昔を知れば
今の姿は ほんとに 人らしいすがたなのでしょうね
だからこそ どうか このまま…って 思うのよね。
SECRET: 0
PASS:
男が男を命をかけて守りたいと思えるってかっこいい~
そんな風に思わせる後ろ姿、今までの強い部下思いのヨンだけじゃない、人間味溢れる温かな後ろ姿なんだろうなぁ~
きっと膝のウンスを見ているヨンの顔は優しい顔なんだろうなぁ~
しかしウンスさん!みんなの鍛錬中に寝てしまうとは…
まあそこがウンスか⁈