2016 再開祭 | 閨秀・弐

 

 

「誰が伝えるんですか」
暫しの無言の後で大槍を拾い上げ、最初にトルベが口火を切る。

「隊長に、新入りが医仙だと」
「お前らに頼む」
「え・・・」
その声にトルベら四人が顔を見合わせる。

平然とした顔をしているのは、隊長が烏は白いと言えば迷わず頷くテマンのみだ。
俺から伝える訳にはいかん。
最悪隊長が首を縦に振らない時は、形式として入隊試技を行う必要があるかも知れん。

その時には隊長に代わり、俺が医仙の試技を見る事になるだろう。
天人の医仙に弓や槍や手縛や剣の試技をしても、入隊の基準を満たさんのは明らかだ。
しかし俺が率先して、縁故入隊を推し進める事だけは出来ん。
少なくとも俺が公平な決定権を持てるよう、他の皆と足並みを揃える訳にはいかん。

「隊長、怒りませんかね」
トクマンが不安そうに呟く。
「・・・怒るだろうな」
「そうですよね」
「それでも王様の御意思だ。まずはそこを伝えてくれ」
「判りました。やるだけやってみます」
トルベが浮かぬ顔で頷き、トクマンとチョモが続く。
「い、今医仙は、どこに」
テマンが言いながら、気配を探るように私室の天井へ視線を投げる。

「隊長の部屋だ」
「隊長は何処に」
「アン・ジェ護軍と話した後、表へ出た。すぐ戻るとおっしゃったから、じき戻られるだろう」
「隊長はこの次第、まだ御存じないですよね」
トクマンが不安げに部屋の扉へ視線を当てる。

「ああ。まずは部屋に入る前に、隊長と内密に話した方が良い」
「じゃあ俺達は、隊長の部屋前で待ちます」
チョモの声に、トルベとトクマンが頷く。 テマンはそれを見た後に
「じゃじゃあ、お俺は、外で隊長を探してきます。見つけたら伝えます」

そう言うと答も聞かず、一人で扉を抜けて身軽に駆け出て行った。
「・・・頼んだぞ・・・」

唸るような俺の声に、残るトルベら三人が決意に満ちた顔で頷く。
「医仙は典医寺を出られた。戻れぬ事は無いだろうが、身を隠す場所として迂達赤をご希望されたそうだ」
「隊長と一緒に、居たいんですね」
トルベは何故か嬉し気に言って、深く頷いた。

「それを隊長も納得して下されば、問題ないんだが・・・」
「なるべく上手く話してみます。あのお二人は一緒に居た方が良い」
隊長大事のトルベの声に、若いトクマンとチョモも頷く。
「無理強いするなよ。頑固な隊長の事だ。強引に話せば話す程、意固地にならんとも限らんからな」
「任せて下さい。どうにか言ってみます」

先ずはトルベの口の巧さに賭けるしかあるまい。
俺が無言で頷くと、奴ら三人は頭を下げて部屋を抜け出て行った。
頭を抱えると静けさを取り戻した私室の小卓前の椅子に腰を降ろし、腹の底から息を吐く。

唯でさえ言葉の少ない隊長が、医仙を受け入れてくれるのか。
受け容れたところで、風呂。厠。飯。着替え、そして寝場所。
男だらけの迂達赤兵舎で、医仙はどうする御積りなのだろう。

考えるほど頭が痛い。杞憂が過ぎると言われればそれまでだが。
不安な思いで視線を投げ上げ、部屋の天井を睨みつける。

先ずは隊長が頷いて下さらなければ、話は進まん。
祈るしか無いと目を閉じて、己の両掌で顔を拭う。
迂達赤の新入り入隊にこんな冷や汗をかくとは思ってもみなかった。

落ち着く事も出来ずに立ち上がり、胃の痛くなる思いで部屋中を意味無くうろつく。
先ずは隊長が頷いて下さるだけで良い。医仙が安心して此処に留まれるように。

 

*****

 

戻ってきた隊長に、トルベらが事情を話した後。
部屋前から追い払われた奴らが全員で階下の吹抜けへと降りて来る。

「おい、聞こえたぞ」

集っていた鍛錬上がりの他の奴らが、トクマンとチョモへ声を掛ける。
「医仙様が隊長の部屋に居るって、本当なのか」
「迂達赤に入隊したって」
「今、それを隊長と話してる。まだ決まったわけじゃ」
「だけど今、お二人でいるのは本当なんだな」
「それは」

トクマンとチョモがにやりと笑い合った顔を見、周囲の奴らが俄かに騒めき出す。
「本当なのか!」
「じゃあ、これから医仙様はどこに寝泊まりするんだ」
「そりゃあ・・・女人用の宿舎の部屋がない限り」
「・・・隊長のお部屋か!」
「あの隊長が、医仙様と・・・」
「まだ何も決まってないからな、余計な事を言うなよ」

トクマンも行きがかり上宥めてはいるが、思う処があるのだろう。
チョモと肩を組み、吹抜けから上階を見上げる。

そこへ怒り心頭といった顔で、トルベが突然声を張った。
「お前ら!」
そう言うと手にした大槍を、集う奴らを散らすように振り回す。
「余計な事言ってないで、さっさと行け!」

その穂先を避けるように、集った奴らがじりと退く。
「行けよほら、さっさと行け!散れ!」
兵らはトルベの槍の勢いに圧されるように一人散り二人散り、やがて吹抜けには誰もいなくなった。

満足げに吹抜けから上階の隊長の部屋を確かめたトルベがふと微笑む。
しかし途端に表情を改めると、吹抜け隅に佇む俺に向けて駆けて来る。
「副隊長」
「何だ」
「医仙が、本当にここに隊長と一緒に居るとすれば・・・女人が一人、兵舎にいるって事ですよね」

ようやくトルベも事の重大さに気付いたらしい。
「もし隊長が許したとなれば、ふ、風呂やら、厠やら・・・」
「そうだな」
「じゃじゃ、じゃあど、どうするんですか、副隊長!」

まるで興奮したテマンのように口籠るトルベ。
「お前でも焦るのか」
「お前でもって、どういう意味ですか!」

そうだ。それは失礼な物言いだ。如何に信頼する部下であっても。
俺もトルベの事は言えん。焦りの余り、この舌が上手く回らん。
「す、済まん。女人の扱いには慣れているとばかり」
「それは自分と関わりがあればの話ですよ!相手は隊長、の・・・」

再び妙に口籠るトルベの声に頷き、どちらからともなく視線を上げる。
野次馬たちを蹴散らした後の、たっぷりと秋陽の射し込む吹抜けの上階。

そこの廊下奥、確りと閉ざされた扉。

たった今医仙と二人、籠られている筈の隊長の私室の扉を。

 

 

 

 

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