2016 再開祭 | 閨秀・壱

 

 

改めて口に出し確かめるほど野暮ではない。
第一問わずとも、俺達迂達赤全員が知っている。
俺達の隊長が医仙をどれ程大切に思っているか。
恐らく知られていないと思っているのは、当の隊長ご本人だけだ。

寝てばかりいた俺達の隊長。
起きたら喧嘩と鍛錬しかせず、飯を喰らい酒を呑み、再び倒れるよう寝床へもぐり込んでいた隊長。
あの人が死にかけたのも、そして生き返ったのも医仙の所為であり、そして医仙のおかげだと全員が知っている。

今、あの人は生きている。
迷い猫のように初めて迂達赤兵舎へ現れた日から、ずっとあの人を見て来た俺達は知っている。
知っているから返答に困る。

あの人は許すだろうか。家柄や縁故で隊員を選ぶ事は絶対しない。
まして自分の誰より大切な医仙を、男だらけの迂達赤に置くなど。

俺は良い。トルベも流石に医仙に懸想するほど間抜けではないだろう。
隊長命のテマンは確実に医仙を守るだろうし、トクマンら若手中堅も隊長を立てるに違いない。
しかし何より心配なのは、恐ろしく気短で言葉足らずのあの隊長が、医仙をどう扱われるかだ。
王様からの推薦ならば、蹴る事はよもや無いとは思う。思いたいが。

「・・・一先ず王様に確認して参ります。医仙は一旦隊長の私室へ。
隊長以外は部屋には入りません。隊長が戻るまで隠れていて下さい」

隊長が答を出す前に他の隊員の目に晒すのはまずい。それは俺にも判る。
周囲に他の隊員がいない事を確かめ、小さな鎧姿を隠すように庇い、急ぎ足で吹抜けの階を上がる。
そうしながら取り成すように力なく言った俺の声に、医仙は楽し気に頷いた。
「分かった。隠密行動、シークレットミッションね?」
「・・・はあ、そんなところで」

切羽詰まったこの状況で、これ程暢気な言葉が出るのか。
肝の座った方なのか、それとも危機感のない方なのか。何方にしても一筋縄でいきそうもない。
隊長が戻れば、どのように話を始めるべきか。
横を忍び足で歩く医仙を確かめつつも良い案は浮かばないまま、八方塞がりな気分で息を吐く。
先ずは事の真偽を王様に確認してからだ。出来る事から、一つずつ。

 

*****

 

「・・・王様」
「副隊長。どうした」
医仙の来訪を受け、隊長の部屋へと隠して慌てて駆け付けた康安殿の中。
遠慮がちに踏み入る俺の顔を確かめ、王様は不審げに御首を傾げられた。
王様とて王妃媽媽の一件があられた。これ以上のご憂慮やご心痛はお掛けしたくはないが。

「医仙が迂達赤兵舎にいらっしゃいました。鎧を着て」
「ああ、その件か」
「一体・・・」
「余が許したのだ」

俺の不安など何処吹く風で、王様は何事もないかのようにおっしゃった。
「王妃が戻った。徳興君は切り札を失った事になる。断事官の公開処刑の要請を蹴った以上、医仙を狙うは必定。
玉璽と引換に謹慎を解いた徳成府院君も、何をするか判らぬ。
当初は国医の位を与えて身の安全を計ろうとしたが、断られた故に」
「・・・医仙が、断られたのですか」
「ああ。地位で安全は守れぬとおっしゃった。そして身を隠す場所ならば迂達赤が良いと、強いご希望だったのでな」
「隊長もご存知ですか」
「いや、隊長には伝えておらぬ」

案の定だと息を吐きこの先に思い悩む俺を見て、王様が微笑まれる。
「心配するな。隊長が断わるわけがない」
「そうでしょうか」
「見ておれ」

確信に満ちた王様の御声に黙って頭を下げた後、王様の左右を守る迂達赤を最後に確かめ、俺はそのまま御前を辞した。
隊長が断るわけがない。本当にそうなのだろうか。
石頭で頑迷な隊長が本当に許してくれるだろうか。
家柄や縁故での入隊など、隊長に代替わりしたこの八年近く、一度も許された事は無い。

どれ程の高官貴族の子息であろうと隊長自身とトルベと俺と、元気な頃のチュソクとで必ず滅多打ちの入隊試技を課して来た。
だからこそ迂達赤一人で禁軍五十人分に相当する程の実力と言われても、恥じずにやって来られたのだ。

あの隊長がいくら医仙とはいえ、本当に受け入れてくれるのか。
寧ろ医仙だからこそ、迂達赤兵舎に入れたがらないのではないか。
当然だが兵舎内を見渡す限り、周囲は男の兵だけだ。
元から王様を出迎えた当初、足を剥き出しにした医仙が一歩兵舎に踏み込んだだけで、烈火の如く怒った人だ。

あの頃から状況は変わったとはいえ、隊長の為人が簡単に変わるのだろうか。
考えれば考える程に答が出ない。
大きな石を抱いたように重い心で、俺は一人迂達赤兵舎への回廊を戻り始めた。

 

*****

 

「トルベ」
「はい」
「チョモ、トクマニ」
「はい」
「何ですか、副隊長」
「テマナ」
「は、はい」
「ちょっと来い・・・」
戻った迂達赤兵舎、吹抜けに集う奴らが知るわけがない。
隊長の部屋にどなたがいるのか。これからどうなるのか。
沈み込んだ声に呼び出された奴らが首を傾げ、俺に続いてぞろぞろと私室へ入って来る。

「・・・新入りの迂達赤が、一人いる」
私室の扉が閉まるや否や、奴らを振り向いて伝えると
「ほう」
トルベがその声に嬉し気に口元を緩めた。
「ではいつも通り、新入りの試技ですか」
「・・・いや。試技はせん」

俺が首を振ると、トクマンが僅かに眉を顰める。
「でもそれじゃあ、隊長が納得しないんじゃ」
「・・・ああ。しかし王様のご推薦だ」
「え」

チョモが顔を強張らせ、残る奴らと目を見交わす。
「一体どなたですか。王様が今まで迂達赤の隊員をご推薦なんて」
「隊長が決めるまでは、絶対に誰にも言うなよ。此処だけの話だ」
重々しい宣言に固唾を飲むと、奴らは銘々に頷く。

「・・・医仙、だ」

その声にトルベが手にした大槍を珍しく床へ落とす。
手から離れた槍は大きく床で弾むと、重く騒々しい音を立てた。

 

 

 

 

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