2016 再開祭 | 一酔千日・後篇 〈離れ〉

 

 

そうだ、俺だって酔う事がある。
ただ人前で酔い潰れるのが珍しいだけで。

初春の宵、眸の前には惚れ抜く女人。横には絶対に裏切らぬ男。
目下大きな敵がないという気の緩みも確かにあった。
そんな処で荒れた気分で杯を重ねて。

凍て付く夜の空、頭上で揺れる提灯の列。
御託を並べて呑み続けたら、あっという間に酔っていた。
それにすら気が付かなかった。ヒドがあの方を攫って行くまで。

「何故こんな狭苦しい処で」

通された小さな離れの床に胡坐を組み、円卓を囲むヒドを睨む。
奴はうんざりした目で扉を示すと
「外で呑み続ければ、明日にはお前の醜聞が市中に出回るぞ」

呆れた眼で俺を、次にこの方を眺めると
「追い掛けて来られるなら潰れてはおらんな。あとは此処で好きなだけ飲め」
そう言って互いの手許の杯をなみなみと満たす。

「初めて見ました」
この方は円卓に付いた肘で危うく体を支え、杯を干す俺を珍しそうに見た。
「この人も酔うんですね。なんだか新鮮」
「出来た女だな。普通は眉を顰める」

この方の声に薄く笑うと、ヒドは続いてこの方の杯も満たそうと酒瓶を傾ける。
「お前が酌するな!」
酒瓶を奪うと奴は空になった手を、続いて俺を不思議そうに見る。
その眼を睨み返して、奪った酒瓶を顔の前に上げて振って見せる。
「この方が口にするんだ!」
「・・・まあ、酒は呑む物だからな」
「だから俺だけなんだよ!」

奴が途中まで満たしたこの方の杯を取り上げると
「あ、ヨンアそれ、私の」
そんな声を聞こえぬ振りで中身を一気に干す。

小さな手に空の杯を返して奪った酒瓶を傾け、改めてこの方の杯を己の酌で満たす。
「あなたは」

杯を満たしながら瞳を覗き込むと、この方は訳が判らぬという戸惑った視線で見つめ返して頷いた。
「うん」
「俺の酒だけ呑めば良い」
「は?」
「他の男の酒を受けるな」
「他の男って、ヒドさんじゃない。お兄さんよ?」
「それでも!」

声を大きくするとヒドは愉快そうに、俺の肩を叩いた。
「それでも厭か、ヨンア」
「決まってるだろ」
「ふむ」

俺とこの方を順に見、ヒドは笑いを噛み殺して呟いた。
「だそうだ。好きにしろ」
そして降参の白旗の如く、広げた両手を肩まで上げる。

「そういう処が冷たいんだよ!」
その白旗に俺は怒鳴り返す。
「そうだ、ヒョンは冷たい」
「・・・おい」
「よ、ンア」
「あなたも冷たいんだ!」
「え?」

次に標的にされたこの方は、桜貝色の爪で小さな鼻先を差す。
「わ、私?」
「俺と一緒にいるのに、他の奴らにばかり優しい」
「そんな事いつ!」
反論の声を上げかけたこの方を、ヒドが一睨みで黙らせる。
そういう俺以外との視線の遣り取りも、もう何もかも。

「気に喰わないんだよ」
「そうかそうか」
「真面目に聞け!」
「聞いておる」
「もっとだよ!」
「善し」

ヒドは床で向き直り、体を少し倒して俺と眼を合わせた。
「聞こう。言ってみろ」
「・・・改めて聞くな」
「何方なんだ」
「知ってるんだから聞くなって!」
「ああ、判った」

それ以上問い詰める事はなく、俺の杯は再び満たされる。
「呑め」
「もう呑めん」
「俺の杯は受けられんのか」
「これ以上呑んだら吐く」
「上等だ。吐けるものなら吐いてみろ」

奴は昔のように大きな手を俺の頭上に置くと、髪を掻き回す。
「吐いて強くなったんだ。吐け吐け」
「やめろ、揺らすな」

ヒドの手から逃げようと身を捻り、目測を誤って円卓に強か脇腹を打ち付ける。
卓上の皿が音を立てて跳ね、この方が慌てて両手でそれを抑えた。
「だ、だいじょうぶ?すごい音したけど」
「明日は痣だな」
「痛・・・」

脇腹を押さえて俯くとあなたは慌てて立ち上がり、小さな円卓を回り込んで俺の横に膝を突く。
「ヨンア、どこ?!どんな風に痛いの?!深呼吸し」

そうだ。そうして横にいてくれればそれだけで。
そして油断は大敵と、誰かが教えてやらないと。

不安そうに覗き込んだ瞳は次に驚きに瞠られる。
隙間なくがっちりと捉えたこの両腕の中で。
「気の所為だった」
「ちょ、ちょっとヨンア」

動きを封じられたあなたは、どうにか動かせる両足で空を蹴る。
そんなに暴れたら裾から足が覗くと、次は片脚でそれを封じる。

見ていられないか、それとも珍しく気を利かせたか。
ヒドは首を振って無言で腰を上げ、酒瓶一本を握ると扉を抜け出て行った。

 

 

 

 

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