2016 再開祭 | 佳節・拾壱

 

 

招きもせぬ奴が飛び込んで来たのは、場所を変えた報せの為にあの方の許へ走ろうと外套を羽織った時。

前触れもなく私室の扉が大きく開いた。
「チェ・ヨン」

其処に立つ男は鷹揚隊の鎧を着けたまま、息を切らして俺を見る。
「何しに来た、アン・ジェ」

呆れたような俺の目前を無言で横切る男。
奴は断りもせず部屋奥の窓下の生木の段に断りもなく腰を据え、此方へじろりと睨みをきかせる。
「冷たい男だ」
「・・・忙しい。出ろ」
「それだ。そういうところが冷たいんだ、お前は。廿の頃からの朋へ言う言葉か、それが」

眉を顰める俺に構わず、アン・ジェは恨みがましく言い募る。
「お前の周囲には宴だと報せておきながら、俺達には一言もなしか。
立ち話を耳にした禁軍の奴らに、どれ程愚痴を聞かされたと思う」
「何故それを」
「婚儀の時もそうだっただろう。俺達にはとことん内密で事を運んで」
「・・・テマナ」

俺の声に扉横で待つテマンが張った声を返す。
「はい、大護軍!」
「先に行け。あの方に場所を報せろ」
「はい!」
「すぐに行く」

走り出るテマンを確かめ、すっかり腰を据えたアン・ジェを睨み返す。
愚痴に付き合う暇など無い。今日は殊の外忙しない。
しかし男は何処吹く風と、この睨む眸を遣り過ごす。

「今宵邸に伺う。招待してもらうとの婚儀の折の約束が、未だ叶っていないからな」
「宅には居らん」
「ほう」
正直に伝えた肚裡をどう読んだか、奴は疑わし気に首を捻る。
「本当だろうな」
「ああ」
「ならば宴は何処で開く」
「その前に」

武閣氏が吹聴したならまだ良い。
迂達赤の奴らが立ち聞きされるような処で話をするとは思えん。
「禁軍の奴らは、何処で話を知った」

アン・ジェはあっさりと頷いて言った。
「坤成殿の尚宮が、水刺房の尚宮に宴の料理を頼んでいたそうだ」
「どういう事だ」
「医仙が慶宴を開くが王妃媽媽はご列席賜れんゆえ、代わりに祝膳を運べと」

話の雲行きが怪しくなってきた。
しかし目の前の男はそれに気付かず、滔々と愚痴をこぼし続ける。

「医仙の宴で王妃媽媽まで御配慮されるなら、お前絡みに違いない。
しかし迂達赤に粉をかけても、揃って口を閉ざす有様だ。
お前を慕っている禁軍の立場になってみろ。蚊帳の外で面白くないのは当然だ。
鍛錬までは付けてくれても、自分たちに心は開いてくれんとな」
「アン・ジェ」
「何だ」
「私的な集まりだ。放って置けと禁軍に伝えろ」
「それは無理だな」

奴は笑って首を振る。
「禁軍の奴らが、既にお前の邸に運ぶように酒を手配している。
昼過ぎには酒瓶が運び込まれる手筈だ」
「ふざけるな」
「真剣だ。チェ・ヨン。あいつらもお前の兵には違いない」

呼び掛けに応える気にもならん。どいつもこいつも身勝手が過ぎる。
尚宮の話を立ち聞きする禁軍も禁軍なら、声が漏れる程騒ぎ立てる尚宮もまた然り。

決して口には出せぬまでも、祝膳のご用意を下さった王妃媽媽も。
主催のあの方の許しも得ず宴への参加を決め、酒まで手配するなどどうかしている。

「来るな」
「すでに噂は広まっているぞ」
「止めろ」
「誰が言い出したのかも判らんもの、止めようがなかろう」
「勘弁しろ」

確かにあの方がおっしゃった通り、誰一人俺の生誕の宴だと騒ぐ話は耳にしない。
かと言って、面倒事が起きているには変わりない。
坤成殿の尚宮が騒いだのは王妃媽媽の御命令。
その令を発されたのは元を正せば、あの方が王妃媽媽の御前で己の生誕日を確かめた所為だ。

あの方も言っていた。二人で祝いたいだけと。
なのにどうしてこれ程大事になる。

「兵達の心も汲んでやれ。お前たちを祝いたいんだ、何の慶事かは皆目見当もつかんがな」
「放って置け」
「邪魔はせん。一杯飲んで祝ったらすぐ帰るように伝えておく。
で、何処で催すんだ、その宴は」

どう説得しようと、こいつも曲げる気はないらしい。
「伝える気はない」
「酒が届くぞ」
「酒楼に人を走らせて止めろ」

「そう固い事を言うな。外で飲んで騒ぎになるより俺やお前の監視の目があった方が良い」

宴の参加を断って、自棄酒で騒がれるか。
こ奴の言う通り、一杯飲ませて大人しく帰すか。

禁軍までは全く数に入っていなかった。
この調子で増え続ければ、一体どれ程の者が集まる。
第一これではそもそも何の為に宴を催すのかも判らん。

祝う理由は告げられぬ。祝われるべき者は迷惑がっている。
訪う者は意味を知らんなど、そんな宴は聞いた事も無い。
変な気など回さず何処かの酒幕に立ち寄り、あの方と二人きりで呑んだ方が気楽だった。

ああ、面倒だ。何もかもが最初の計画と違う。
生誕の祝宴と辛うじて忘れずにいるのは抽斗の奥に隠した小さな贈り物がある、それに尽きる。

そもそも生誕の宴など、臣下が行うべきではない。
その宴に畏れ多くも王妃媽媽が膳を下賜するなどあってはならん。
しかし王妃媽媽の御元へ捻じ込んで御命令を翻す事も出来ん。

膳を頂く名分。あの方が不利にならず、王妃媽媽の御顔をも立てる名分。

「・・・申の刻、善竹橋」

それならいっその事、兵の慰労会と割り切るしかない。
今宵の宴で明日から王様と王妃媽媽の守りに集中できるならば、幸いと思うしかない。
「本当だろうな、おい」
「嘘など吐くか」

これ以上の厄介事は御免だ。
今宵俺達は、兵の為の慰労の宴を開く。
王妃媽媽の御膳は日頃の兵の働きへの労い。
それが終われば、あの方と二人で過ごせる。

一体何の因果でこんな宴になったのか。
選りによってあの方の生誕の祝宴をと願う日に。
俺の生まれついた日の星の巡りは、あの方と出逢えるという定め以外は碌なものではなかったのだろう。
少なくとも周囲に面倒な奴が多過ぎる。

押し黙った俺に、アン・ジェは疑わしそうな目を向けていた。

「ヨンア!どうして一人で勝手に決めちゃうの?!」

そう叫ぶあの方が、テマンと共に部屋に駆け込んで来るまで。

 

 

 

 

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    何だか 話が どんどこ大きくなって…
    誕生日会から 慰労会に…
    あれれ?
    ウンスも 一緒に考えたかったのに~って
    そりゃ そうなりますわね。
    いや~ 二人っきりで あまあま~な 誕生会は
    どこへ?? ( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    まるで
    再びの婚儀ですね(*^^*)
    それだけヨンとウンスを
    大切に思ってくれてると言うことですよね(^^)
    小さな贈り物❤
    何だろう?気になります~~

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です