2016 再開祭 | 桃李成蹊・33(終)

 

 

「ヨンさん!ウンスさん!」

飛び込んだ境内のライトが風のせいで千切れそうに揺れている。
その頼りないライトの下の薄暗い境内、強風の中を叫んで走る。

なんなんだよ。まさか鬼ごっこのつもりじゃないよな?
今日ギプスが外れて良かった。
あの重たいギプスをくっつけたままじゃ、こんなダッシュは無理だ。

おまけに台風で不幸中の幸いだ。普段はこんなにガラガラの訳ない。
俺がいきなりCOEXの真ん前で車を降りたら、あっという間に集まるやじ馬でこんな風に自由に走れなかっただろう。

こっちはヨンさん本人に鍛えられた脚力。
あっちはウンスさん連れの二人組。
だけど目的地が判ってるように薄暗い境内を駆けて行く2人の背中に、追いつけそうで追いつけない。
「ヨンさん!ウンスさん!待って!」

背中の俺の声に振り向くウンスさんを急き立てるように、ヨンさんが強引に速度を上げる。
「何なんだよ!!」

あくまで逃げるその背中を追って大声で叫ぶと、全力で境内を走る。
そして薄暗い境内の中、周囲も見ずに追った背中がやっと止まった。

吹き荒れる風、周囲を半円に囲む壁の上の大きな木の枝が騒がしく鳴る音の中。
ヨンさんが見えるところに自分達を隠せと言った、あの白い仏像前。

そこに止まった2人に近付きながら、肩で息を繰り返す。
今日は変なライトアップしてるんだな。
それとも台風のせいで境内の電気系統がおかしいのか?

仏像の台座部分が暗い境内の中で、やけに真っ白く光っている。
このライトのせいで、さっき外の道路まで白く見えたのかもしれない。

「きゅ、うに走らないでよ。俺、病み上がり」
息を整えながら言うと、真っ白い光の中で黒髪を乱したヨンさんがこっちを振り向いた。

「何故来た」
「急に車を飛び出すからだろ!」
「放って置け」
「そんなわけにいくかよ!ホテルに行こう。すぐ目の前だから」

その時震えだしたスマホのバイブに気付いて、着信画面を見る。
チーフマネからの着信に通話ボタンを指先で押す。
周囲の風どころじゃないうるささで、スマホから聞こえる怒鳴り声。

「お前らみんな俺を殺す気か?!あ?!いきなり3人で飛び出して!今どこだ!!」
マネージャーは息を切らせながら、電話の向こうで怒鳴り続ける。
ヨンさんたちから目を離さないまま風の音に負けないように、俺は通話口に叫び返す。
「仏像のところ」
「この台風で人がいなくて良かったよ。取りあえずすぐ行くからな。動くなよ?
絶対そっから一歩も動くなよ、いいな?!判ったな?!」

返事はしないまま終話ボタンを押して、ヨンさんに向けて一歩出る。
「ヨンさん」

その瞬間にうねるみたいに、周囲の風が一層強くなる。
めちゃくちゃに吹き荒れる風に、俺の髪もヨンさんのシャツの裾もウンスさんのジャケットもバタバタと音を立てる。

「ミンホ」
ヨンさんはその風の中、何故か嬉しそうに低く言った。
こんなに強い風にかき消される事もなく、その声が耳に届く。

「・・・なに?」
「花火が見たいと言ったな」
「そうだよ。今週末だから、ホテルに行くから」

ヨンさんが初めて笑う。片頬だけじゃなく。

「花火は火薬で出来ている」
「そうだよ、俺だってそれくらい知ってるよ」
「良い国だ」
「・・・え?」
「火薬を花火に使える国だ」
「何言ってるんだよ、ヨンさん?」
「鍛えろ」

俺の質問には答えてくれないまま、ついさっきギプスを外した俺の左腕をその目が見る。

「くるまの中にもだんべるを置いておけ。2きろ程度が良い」
「分かった、ヨンさん。そうするから、まずはホテルに行こう」
「ミンホさん、頑張ってね?絶対応援してる。ずっとペンだから!」
「ウンスさんまで、何言って」

ウンスさんがヨンさんに大きく笑いかける。

信じてる、愛してる。そうだ、あの笑顔だ。

「・・・ウンスさん?」

ヨンさんが胸を衝くほど優しい目で頷き返す。

そうだ。愛してる。何より雄弁なあの視線だ。

「ヨンさん?待って」

俺の声にヨンさんが笑う。染み入るみたいな笑顔で、その目で。

「またな」
「ヨンさん、待って!!」

声には振り向かないまま、四方を白い柱で囲まれた大仏の台座への階段を2人が軽い足取りで駆け上がる。

その瞬間に俺は変な事を考えた。
まるで結婚式みたいだ。
この2人が新しい人生を始める、誓いを交わすその教会の階段を上がるシーン。

2人はそれくらい幸せそうだ。台座から射す白い光に溶けるくらい。
映画やドラマならエンディングテーマが流れて、カメラが引いていく。

そして THE END タイトルロールとビハインドシーンやスタッフショット。

本当に幸せそうだ。白い光に溶けるくらい。
お互いにお互いしかいない目をして、そして何のためらいもなく白い光に囲まれて。

2人の姿は一瞬光って、そして本当に溶けて目の前で消えた。

 

「ミノ!」

周囲の木々を鳴らす風は、さっきから比べれば嘘みたいに収まった。
そうだ、今回の台風が暴れたのは韓国の南。ソウルからは遠い。
つらい思いをしてる人がいる。俺のファンもいるかもしれない。

俺にはしなきゃいけない事がある。出来るかもしれない事が残ってる。

「ミノ、ここにいたのか!!ヨンさんたちは?」

俺には今しなきゃいけない事がある。
逃げようもない、逃げる気もない公益勤務。その前のドラマ撮影。

そして何より大切な人たちを笑顔にする事。

ドラマでも、ボランティアでも、そして公益でも。
怖いものなんて何一つない。その人たちを裏切る事に比べたら。

「・・・ミノ?聞こえてるか?ヨンさんたちは?はぐれたのか?」

ようやく俺を探し出してくれたチーフマネに肩を揺らされながら、なんて答えようか迷う。
本当の事を話したら信じてもらえないだろうし、腕の次は頭かって心配させるのもイヤだし。

「ひとまず探すって言ったって・・・2人とも連絡手段がないよな。社長に電話するから、とにかくお前は車に戻ろう」
「ヨンさんたちは、帰ったよ」
「は?どこに」
「もう会えないかも・・・会えないんだろうな」

チーフマネに肩を抱かれながら、無人の境内の中を素直に歩き出す。
そうしながらもう一度スマホを引っ張り出して、画像検索をかける。

見金如石。

だけど周囲のみんなが石だって言ったって、俺にとっての金がある。
そんなものを大切にしたい。俺にとっての金なら、他の誰が石だって言っても構わない。

俺のスマホ画面を横から覗き込んだチーフマネの声がする。
「・・・何見てんだよ、それ切手だろ?」
「うん」

たかが切手でも、俺にとっては大切な手掛かりだ。
いつか時間を作って、祠堂にお参りに行かなきゃいけないかな。

だってあの人は言った。最後に笑ってまたなって言ってくれた。
きっと口にした約束は、必ず守る人だから。

「あの人と同姓同名だからか?名前で検索してるのか?」
「うーーーん・・・」
「おいミノ、お前本当に大丈夫か?」

この切手の肖像画の真偽のほどは分からないけど、もし本当なら。
俺も70になった頃にはこんな顔をしてるんだろうか。

結構いい男だよな。
どんな生き方をしてどんな道を歩いたら、こんな渋い男になれるんだろう。
俺はその頃どこにいる?誰かの手をあんな風に信じて握ってるかな。
そうでありたい。あの人に助けてもらった分も。

そしてできれば現役でいい役者になっていたい。
出てくる若手を育てられるような、懐のでかい役者でいたい。俺が先輩方に育てて頂いた分まで。
あの人が俺に見せてくれた分まで。
厳しく優しく笑ってくれた分まで。
そして出来ればあの人にとってのウンスさんみたいな可愛い女性が、横で可愛いおばあさんになっててくれれば最高だ。

「この切手って、まだ買えるの?」
「さあ。調べたこともないし・・・欲しければ探すか?」

これが俺の未来予想図になるかもしれない。
その言葉に頷きながら、スマホ画面の中の崔瑩将軍の印刷された切手の画像を保存してから指先で画面を閉じる。
「まずはホテルの部屋、キャンセルしなきゃ」
「社長に伝える」
俺の言葉にチーフマネは片腕で俺の肩を抱いたままで、もう片手で器用にスマホを操作し始めた。

キャンセルしなきゃな。高麗に帰ったあの2人はもう泊まれない。
花火を一緒に見たかった。今度は一緒に酒を飲もう。
飯も喰おう、俺が撮影前のダイエットしてない時に。

それまで俺はここにいる。俺のやれる事をやる。

暗い境内を門に向けて歩きながら、最後に肩越しに振り返る。

またね、ヨンさん。ウンスさん。

そこに立ってる穏やかな姿の白い弥勒菩薩に、心の中で手を振って。

 

 

【 2016 再開祭 | 桃李成蹊 ~ Fin ~ 】

 

 


 

19 件のコメント

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    終わっちゃいました(>_<)
    もうこのお話、のめり込んで抜け出せないーと毎回更新を心待ちにしておりました。
    さらんさんのイメージ力?筆力?凄過ぎて言葉も有りません。
    素敵なお話本当に有難うございました。
    本にして持っておきたいそんな気分です(o^^o)

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    おはようございます。
    ほんとうにほんとうに続きが早く読みたくて。
    忙しい毎日に潤いが♪
    現代版のヨン&ウンス…ではなく…天界にいる高麗の二人。ならば、こんなにどきどきできるんだなぁって。さらん様♪ならではの展開だったからかもしれませんが♪
    終わってしまったのがほんとうに名残惜しいです~
    ありがとうございましたm(__)m

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    桃李成蹊・最終話までありがとうございます。
    さらんさんの作品を読んでいると、いつも頭の中で勝手に映像化されてます。
    毎回妄想女子になっちゃいます(;^_^A
    この度も素敵な作品ありがとうございました┏○ペコッ

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    ミンホ、ヨン、ウンス。
    3人の会話を読んでいたら
    何故だか涙が溢れてきました。
    さらんさん❤
    素敵なお話をありがとうございました(^^)
    あっ!私も切手が欲しいです(笑)

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    さらんさん
    こんなに深い内容の大作ドラマ!
    いつもながら、手を抜かない、読み応えたっぷりのお話、ありがとうございます❗️
    現代にいるヨンは、高麗のチェ・ヨンより自由で人間味が増して、別の魅力があり素敵でした!
    私も実際にヨンの出演している写真や映像を見て見たいな~~。素敵でしょうね!

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    行ってしまいましたね
    呆気なく…
    まよいもなく 高麗に帰っていきました。
    ミンホは
    まだまだ話したいこと 知りたいこと
    あったでしょうね
    ヨンは 教えてやれることは
    教えてやった。 消えるの前提だったし…
    ま、まさか あの チェ・ヨン?
    だったんだ… 誰も信じないだろうけど
    こころに しまっておいて
    いつまでも 覚えておいて欲しいな。

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    さらんさん、ありがとうございます。
    ヨンがウンスが、そして minoが私の乾いた心に染み渡りました。
    これからのドラマ、ファンミ、そして兵役へ・・・・・。
    変わらずminoを応援していきたいと、改めて思いました。

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    今、読み終えてちょっとウルウルしてます…この気持ちをどう表現したらいいのか…チェヨンとミンホ、こんな出会いもありなんだなぁとひとり、思いふけっております。
    すごく感動したお話でした。
    ありがとうございます。
    また次のお話を楽しみにしています。

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    高句麗に帰った二人!
    切手のチェ.ヨン良い男だったんですね(* ̄∇ ̄)
    祠堂でヨンとウンスの ミンホあてメッセージとか
    あればよいですね~(///∇///)
    もち、私妄想して号泣しますよ(笑)

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    さらんさんの、ミノへの思いに、心が熱くなりました(//∇//)
    私も、ウンスのように、応援します\(^^)/
    いつも、素敵なお話をありがとーございます( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

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    どこにいても チェヨンは健在ですね~
    すごく新鮮で面白かったです ありがとうございました
    私の脳内では 今のミノくんとヨンは重ならないんです
    このヨンはテジャンの設定ですか?若かりし頃?可愛いテジャンですよね…
    おじさまになった頃に 時代劇でテホグンを演じてほしいです 笑
    私も将軍のお墓参りに 行ってみたいんです
    ロケ地巡りも…
    もし 現代にヨンがいたら~うふ
    色々妄想して…
    次回作も楽しみにしています

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    こんにちは?
    ヨンとウンスそしてミンホさん 幸せな未来 でありますように。輝いていますように。
    素敵なお話楽しませていただきました。
    清々しい気持ちです。
    お疲れ様でした。

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    このお話の途中では、コメントしませんでした。先入観を持たず妄想もせず、最後の話まで読んだら…と思って。
    33話まで、映画を観ているようでした。
    チェ・ヨンと、イ・ミンホ の二人が、私の中で、完全に一人の人物になったときもありました。
    ヨンがミンホになりきり、モデル撮影をする…
    俳優として演技をする…
    恋慕う眼差し…を要求され、カメラのレンズの向こうに、ウンスとの出逢い、別れ、再会、妻となる…を想い、演技ではなく、本心の心を表したときは、自分もドラマを思い出し、ウルッとしたくらいです。
    『青い海の伝説』…
    その撮影風景…
    もしかしたら、いつか放映されるとき、チェ・ヨンの演じた場面もあったのでは…と、思わせられるかもしれません。あり得ないのですが…
    イ・ミンホという人物は、私(たち)にとって、手の届かない別世界の俳優さんでしかなかったのに、リアルな話がいろいろ出てきたため、本当に、そうやって過ごしているのかな…と、思えたほどです。
    チェ・ヨンは、現代にきても偉大でした。ミンホを思い、彼のために全力で身代わりを演じてくれたのです。
    ウンスも、心配しながらも、ずっと側で見守ってくれました。良き妻と夫でした。
    ミンホの骨折が治り、ギプスが外れたとき、天門も開かれていたので、ちょうど元の立場に戻れたようですね。
    ヨンとウンスは、天門に入りましたが、高麗へ戻れたのか分かりません。でも、二人一緒なら、何度でも戻ろうと、チャレンジするはずです。
    と、言うより、きっと高麗へ戻れたと信じています。
    夢中で読んだ、素敵な話でした。
    ありがとうございました。

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    毎回お話にぴったりの画像がとても印象的でした。三連休、仕事でちょっと疲れそうでしたが、元気がでました。ここで
    やるべきことをやる!人それぞれ持ってますよね、それぞれの道。
    次回も楽しみにしてます。いつも元気の素をありがとうございます。

  • SECRET: 0
    PASS:
    毎度毎度、本当に引き込まれるお話を読ませてくださり
    ありがとうございます。
    さらんさんのお話はいつも想像を超えた物語で
    ハラハラしたりドキドキしたりうっとりしたり。
    シンイを好きでいさせてくださって。
    本編あっての二次小説だとは思いますが
    私の中ではとっくに本編超えちゃってます。
    これからもさらんさんの大大ファンです。
    お願いします。
    どうかやめないでくださいね。
    お身体に障らない程度に。
    細く、長く、ボチボチで。

  • SECRET: 0
    PASS:
    あぁ.終わってしまう~、と思いながら読んでいました。同時に、早くCOEXへ!と。
    ヨンの表情が手に取るようにわかります。ミノのファンである人、ミノのファンでなくヨンだけのファンの人。 それぞれにわかりやすく、ミノの今の立場が描かれていて、本当におもしろかったです!

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん♥
    このシリーズも、まるで映画やドラマを
    見ているように壮大で…(#^^#)。
    ありがとうございます♥
    この世の中には、自分とよく似た人が
    いると言われていますが
    実際に目の前に現れたら
    さぞかし不思議に思うだろうなあと
    我がことに照らし合わせて
    唸りつつ拝読させて頂いてました。
    どんなに便利な世の中でも
    決して染まることなく
    淡々と過ごすヨン♥
    現代語の“ひらがな”が可愛くて
    おかしくて( *´艸`)。
    顔や髪をいじられるのも
    イヤだったんですね?
    ああ、なんと素敵な殿方…♥
    何の未練も持たずに
    高麗に戻ろうとするウンスも
    本当に潔くてかっこよかったなあ♥
    最後のシーンが
    映画のスローモーションのようで
    しばし余韻に浸らせて
    頂きましたよ♥♥

  • SECRET: 0
    PASS:
    現実と非現実がクロスしながら展開していった作品に、毎日はやる気持ちを抑えながら、夢中になって読ませていただきました。
    ヨンとミノとの語り合いのシーンは師弟のような会話が続き、ヨンの熟成された人間としての深さが光り、ミノの優しさや不安や今かかえるものがうつしだされてきました。
    勿論さらんさんの創られた一つの虚構の世界ですが、私には真実とさえ思えたのです。
    ミノが生きる道について考え、幸せを祈った時間でした。
    そして、ヨンにまたまた魅せられ、さらんさんの才能に圧倒された時間でした。
    ミノに、ヨンのような人物との出会いが与えられますようにと願うばかりです。
    ミノにこの作品を読んで貰いたい。。
    ありがとうございました。

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