2016再開祭 | 蔥蘭・結篇【対面】

 

 

「イムジャ」
「もうダメ、本当にダメ、限界、オーバー・ザ・リミット!!」

この方を隠そうと脇道へと逸れ、周囲の人通りが絶えた。
同時に訴えかけるような高い声が響き渡る。
この方は笠ごと頭を抱え込み、崩れるよう道端にへたり込んだ。

これ程に髪を掻き毟るのを見るのは久々だと、妙に冷静に思う。
それでも偽の赤茶けた髪よりもずっと美しいのは皮肉なものだ。
しかし笠を被ったまま掻き毟るのは。
この方に手を貸して立ち上がらせ、女笠の顎紐を指で解き、乱れた亜麻色の髪を梳きつける。

絹糸のような細く柔らかな髪を整え、再び笠を被せて顎紐を結ぶ。
その間もこの方は俺を見上げ、この指の動きに身を委ねたまま腕の中から声高に叫び続けた。
「ヨンアお願い、一発でいいからあの男を殴らせて。ううん、それじゃ奴らと同レベルになるっていうなら、お願いだからせめて思いっきり怒鳴らせて。
じゃないとストレスがたまりすぎて、胃が痛くなりそう。あなたの名前、大切な名前を、あなたを信じて、あなたが大切にしてるみんなを!」

興奮して天界語だらけで訴えるこの方を宥めるように背を撫でて、横の女を眸で確かめる。
「えーっと・・・もう、話しても良いのかな」

この方を支えている俺に向け瞬きを繰り返す女の目も、呆気に取られている。
この方の怒声を聞いた所為か、しかしその目は何方かと言えばこの方の背を支えている俺の掌に当たっている。
「あいつらはどうするの。捕まえるの、それとも斬るの」

女はこの眸を受けて気を取り直し確かめるよう、蓮葉な口調で訊いた。
先刻までは辛うじて丁寧に話していたが、どうやらそれすら諦めたらしい。
「開京へ連れて行く」
「え、そうなのヨンア?」
女が何か返す前に、この方が意外だと言わんばかりの声を上げた。

「はい」
「なんでわざわざ?連れ帰るなんて、足手まといで邪魔じゃない?さっさと警察・・・でも、何でも、よく分かんないけど突き出せば?
高麗の最高の軍人の名前を詐称したんだし、さっきのあれは窃盗と脅迫よ。立派な犯罪だわ!!目撃証人が必要なら、私がなるから」

目前の女は手裏房という以外、正体が判らん。
連れ帰れとの王命については伏せたまま
「一先ず連れ帰ります」
返答にあなたは紅い唇を噛んで黙り、女は呆れた顔で俺を見、
「何だかなあ。つまんないの」
そんな風にぶつぶつと文句を言った。その愚痴には一切耳を貸さず
「ですからもう暫し辛抱を。怒鳴らず、騒がず、掴み掛らず」
「だってヨンア!!あなたがあんな風に」
「イムジャ」

鳶色の瞳だけを真直ぐに見つめ返した俺の頼みにこの方は咽喉の奥で何か唸り、それでも渋々頷いた。

 
*****
 

ようやく頷いたこの方を連れ、女と三人で再び大路へと戻る。
足早に辿った大路の先、見慣れた墨染衣の裾が視界の端で翻る。

戻った俺を見つけたヒドは顎で一軒の酒楼を示し、先に一人中へ入って行った。
「ここもあいつらの行きつけの店よ」
訳知り顔にそう言うと、女も迷いなくその酒楼への門をくぐる。
最後に二人残されて、今一度確かめるように横のこの方を見る。

「俺が動くまで、一切知らぬ顔で」
「努力はしてみるけど、どこまで耐えられるか自信ないわ」
「イムジャ」
「ああもう、分かったから早く行きましょ!」

そう言わねば俺が動かぬと知っているのだろう。
この方は自棄な声で叫ぶよう告げると、先の奴らに続いて酒楼の門へ大股で踏み込んだ。

全くふざけんじゃないわよ、クソ男。

俺の横を抜けた時、そんな低い声が聞こえたのは気の所為か。
罵り相手が己ではない事を心中祈りつつ、俺は最後に門を抜ける。

中に入れば小男は、女と共に酒楼の中央の上席を独占していた。
二人しかおらぬ卓上には溢れんばかりの皿の数々と酒瓶が置かれ、まるでそこだけ大人数の酒宴の如き様を呈している。
先に入ったヒドは店の入口脇の卓を取り、待ち兼ねた顔で入った俺に眼で頷く。
そして女は小男の卓の隣席から、俺達に向け片目を瞑ってみせた。

何も知らぬ男は突然増えた周囲の客らに注意を払うでもなく
「ああ、まったく美味いもんだ!」
酔いの回り始めた大声で言いながら、げらげらと笑い出す。

俺達以外の周囲の客は迷惑そうに、その上席から顔を背けている。
そうか。さぞや気分が良かろう。今の内にとくと味わっておけ。
この後暫しは酒どころか、三度の飯にも困るようになる。
たとえ郡守が聞き入れずとも、王様の御許しが頂けずとも、俺が必ずそうしてやる。
己の名、そして何よりこの方の名に懸け。

この名だけなら良い。仏前で己の不孝をお詫びするだけだ。
けれど天の医仙 柳銀綏の名をこれ以上汚すなら、生きてこの店を出られると思うな。

息を整え、握る鬼剣を静か己の腰脇へ立て掛ける。
「ご注文は・・・」
二つ程離れた上席の小男と女を睨む俺に、酒楼の女がおどおどと小さな声を掛けて来る。
俺の顔が恐ろしかったのか、それとも行きつけだという迷惑な常連客を畏れておるのか。
女が向こうの卓をしきりに気にしている処を見れば、答は明白。

その時向かい合うこの方は何を思ったか、目深に被った笠の顎紐を解いた。

止める間もなく細い肩へと、亜麻色の髪が音を立てて流れ落ちる。
笠を脱ぎ膝に置き背を正し、鳶色の瞳が注文聞きの女を見上げる。
同時に小男の卓横の女が腰を浮かし、入口脇の卓のヒドの舌打ちの音がする。

向うの卓の男と女を気にしていた注文聞きの女は、笠を脱いだこの方の明るい笑みに目を戻すと、何かに気付いたように囁いた。
「あ・・・あの、あなた様は、もしかして」
この方は何も答えない。
ただ満開の花のような澄んだ明るい笑顔を浮かべ首を振ると、紅い唇前に悪戯な指を一本立てた。

注文聞きの女はその笑顔を確かめると、次に縋るような視線でこの方の向かいに腰を下ろす俺を見て目を瞠る。
「・・・大」
終いまで呼ばぬよう、小さく顎を振る。
女はそれを確かめ何故か泣き出しそうに顔を歪めると、店奥へと駆け込んで消えた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ウンスじゃないけれど、髪の毛をモジャモジャかきむしりたい気分ですよ。
    この印籠が目に入らぬか~
    までには、まだ、先かな。
    ワクワク、イライラしながら読んでいますよ。

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    さらん様♪
    あ~~♪騙りの小男と女。
    顔を想像してしまいます~(  ̄▽ ̄)
    どんな顔の二人組なんでしょー??
    水戸黄門。
    よく偽黄門様ご一行のお話ありました!
    どーしましょー(^○^)
    印籠まで用意してくださってものすごくWAKWAK感が止まりません!(≧▽≦)
    水戸黄門。
    脚本と
    キャストが違えばこんなに素敵に!
    ありがとうございますさらん様♪
    毎日毎日待ちきれませんが、
    終わりが来ませんようにと祈りつつ(笑)
    お話楽しみに読ませていただいてます!

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