2016 再開祭 | 金蓮花・丗伍

 

 

副隊長の声に王様は無言で椅子を立ち上がり、誰に何を言うこともなく部屋の中から大急ぎで飛び出して行く。
それに従うお付きの人たちの列。立ち上がってざわめく、歴史ドラマでよく見る赤い官服の男性たち。
そんなばたばたした騒ぎの中、一緒に出て行こうとした私の腕を、キチョルが握る。

騒がしい部屋の中、キチョルは怖い顔でじっと私だけを見てる。逃げるに逃げられない。
怒ってる、わよね。理由は分からなくもないけど、でも言ったことに嘘はない。
「偽りだったのですか、医仙」
「え?えーっ・・・と」
「天人というのは」
「天人というよりは」
「今までの話が、全て嘘だったと」
「そ、れは」

異世界なのは間違いないのよ。それは真実。
だけど天界じゃない。正確には未来のこの国なんだもの。
どう説明すれば理解してもらえる?第一、説明しても良いの?

天人じゃなくて、未来から来たのよ。

本当の事を正直に言っても、何の事か分からなかったでしょ?
違う世界から来たのは間違いないんだし、あの頃は私にだって事態が飲みこめてなかったのよ?
そんな言い訳じみた言葉が次々頭に浮かぶけど・・・
答えに迷って詰まる私の所に、副隊長のじれったそうな声がかかる。
「医仙、どうかお早く!」
「あ、ははい!!」

その声の助け舟に乗って部屋を飛び出る私を、キチョルはそこからずっと見つめていた。

 

*****

 

「まだですかね」
その問いだけで幾度目か。
大槍を手にトルベが伸び上がるよう、周囲の秋景色を見渡す。
「・・・・・・」
「隊長」

手裏房の飯屋の店先、無言で焦り焦りと待つ耳に聞こえる鋭い警笛。
音と同時に駆け出す俺の後、一拍遅れて大槍を構えたトルベが続く。

音はテマンの警笛。屋根の上を飛びながら動いている。
「近いですね」
共に走るトルベの声に頷き、普濟寺の方へ移動する警笛の音に臍を噛む。

やられた。まさか奴は、普濟寺の敷地内に王妃媽媽を隠したのか。
警笛の止まった屋根の上、木すら伝わずテマンが飛び降りる。
それと同時に眸の前を塞ぐ木々の先からシウルが駆けて来る。

周囲を大きな木々に囲まれた、その奥に見える崩れかけた伽藍。
駆け寄る俺達の沓の下、積もる落葉が乾いた音で砕け散る。
「旦那!迎賓館から男が動いた!!奥だ」
「テマナ」
「はい!」
「お前はすぐ皇宮へ戻れ。あの方を守れ」
「は、はい隊長!!」

テマンは大きく頷くと、そのまま今来た道を駆け戻る。
「旦那、早く中に!!」
シウルの声に導かれ、打ち捨てられた伽藍に向け全員が無言で真直ぐ駆け込む。

もっと早く戻っていれば、先ずこのように打ち捨てられ崩れそうな伽藍から調べたものを。
どれ程使われておらなかったか。扉も壁も土埃に塗れ、支えの飾柱も色褪せた伽藍の表扉を蹴り破る。

薄暗い伽藍の中、開けた扉からの光条に浮かぶ一人の男。
水浅黄の王妃媽媽の御衣裳に覆い被さるよう、手にした器から何かを含ませようとする男の襟首を掴み上げ、壁へと投げ飛ばず。
手にした器ごと大きな音を立てて壁にぶつかった男は其処に、トルベが駆け寄るままにしておく。

そして奥の寝椅子に腰を下ろされた王妃媽媽の前に膝をつく。
目は開いていらっしゃる。
意識はあるが俺を御覧のその目は、焦点が合わずぼんやりと虚ろだ。
「ご無事ですか」

その声が合図だったかのように、王妃媽媽は目を閉じ寝椅子へ崩れる。
そのまま気を失った王妃媽媽を抱き上げ
「馬車だ」

それだけ残して伽藍を出る俺に
「馬車だね」
シウルが頷き、俺の脇を抜け駆け出して行った。

 

*****

 

「隊長!!」

人に馬を駆らせることも出来ず、俺自身が御した馬車で戻った皇宮。
腕に王妃媽媽をお抱きし回廊を歩く姿を見つけたチュンソクが、一声吠えると駆け寄って来た。

「医仙は」
「只今は王様と共に、宣任殿にて都堂に」
「無事か」
「自分は中にいませんでしたが、何かあれば内官長殿から報せが入る手筈になっています」
「王様にお報せしろ。王妃媽媽の御診立てがある故、あの方も」
「は!!」

チュンソクは腕の中の王妃媽媽を確かめ、硬い顔で頷くと一目散に回廊を宣任殿の方へ消える。
「テマナ」
「は、はい!」
「典医寺へ走れ。侍医たちを呼べ」
「はい!」

一足先に皇宮へ戻していたテマンが、その声に頷き走り去る。
「ヨンア!!」
坤成殿の扉前。
最後に見つけた叔母上が、普段なら滅多に上げぬ悲鳴のような鋭い声で短く呼ぶ。
「寝所のご用意を」
「出来ておる。そのままお運びせよ」
「ああ」

坤成殿の扉を開ける武閣氏の手。
殿内へ王妃媽媽をお運びする俺の脇に沿うた叔母上が、寝所の仕切の薄紗を開く。

無礼と重々承知でも、今は背に腹は代えられぬ。
そのまま寝台の上に王妃媽媽を静かに置き、一礼し即座に下がる。
「・・・媽媽・・・」
寝台脇で王妃媽媽に添う叔母上の心底辛そうな声を、最後にこの背に聞きながら。

 

 

 

 

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