2016 再開祭 | 金蓮花・参

 

 

「今私は皇帝陛下より、次の高麗王として徳興君媽媽を封じるという勅書をお預かりしております。
但し、条件があります」
腹立たしい程煌びやかな断事官の赤茶の胡服。
その金糸の縫取りが部屋の白い日差しに光る。

高麗王とはそんなものか。

心の内はどうであれ、寡人を王と呼びこの場に集い、高麗重臣として今この脇に腰掛ける者たち。
部屋を守り整然と立ちながら断事官の一挙手一投足を見逃すまいと、神経を張り詰める迂達赤ら。

その者たちの面前でたかが使臣から叔父への譲位を申し渡された上、条件まで付きつけられる。
それが一国の王の在り方か。

恥ずかしくはないか。

反旗を翻さぬ限り、ぬるい陽だまりで元の言うなりになる限り、無礼な扱いは永遠に終わらぬ。
跪き沓を舐め、代わりに生かさず殺さずの扱いを受ける。
それが果たして本当に正しい国の、正しい王の在り方か。

寡人の最初の民となる。
真直ぐな漆黒の目で目前で誓ったチェ・ヨンは、果たしてそれで今も同じ言葉を言ってくれるか。

「あの方を最後とし、あの方の代で自ら高麗を終わらせ、行省の丞相となることです」

成程。愛国心の欠片もないあの叔父には、損一つない条件だ。
皮肉な笑いで口許が歪む。叔父は喜んでその取引を受けた筈だと。
「叔父は、当然了承したろう」
「如何にも」
「最後に一つ訊く。我が高麗に存続の道はあるか」

せめて飲み込まれるのではなく、己の足で立ち続ける道。
それがあるなら寡人は退いても構わぬ。
この志を継いでくれる者が居てくれればの話だが。

そんな者は高麗中を探してもチェ・ヨン以外には思い当たらぬ。
だが王族でないチェ・ヨンに、王座を譲るなど出来ようもない。

それならば。チェ・ヨンと共に立ち、故国を守り抜ける道とは。

「ございます。一つ。元から賜った玉璽を再び使う事。
二つ。王様を惑わせた元凶を、裁きにかける事」
「・・・元凶とは」
「医仙と称される女」
「医仙」
「王様を始め王族や護軍の心まで乱す者。処刑なさいませ」

その断事官の声、明るい部屋内の重臣と迂達赤の空気が一変する。

「・・・何だと」
「王様の手で処刑するのです。それならば元に伝えましょう。
高麗王は国を乱し脅かす妖魔を成敗し、聡明さを取り戻されたと」
「何の罪もない方だ」
「元にまでその名を轟かせる女です。生贄には好都合」

最後の言葉に部屋中は、水を打ったように静まり返った。

 

*****

 

待ち望んだ扉向こう、動き始めた人の気配に息を吐く。
その扉を開け並んで奥から出てきたイ・ジェヒョンとイ・セクは何かしら低い声で激しく囁き交わす。
そして扉前の俺を見ると、その声と足が一瞬止まる。

確かに佇む俺の顔を見、しかし声を掛ける事も無く、二人はそのまま立ち去って行く。

何だ。

部屋奥から続いて重臣たちが出て来る。 どの顔も皆一様に険しい。
その肚裡を読むまでも無い。顔色を見れば判る。

美しい部屋内の白い光など、もうこの眸には映らん。
ただ不安と疑問の黒雲だけが厚く胸に広がっていく。

何が告げられた。

最後に出て来た胡服辮髪の壮年の男。
この男が元断事官。回廊の扉前、互いに振り向く事は無く擦れ違う。

前から来た男が身の脇を抜けるまで、我が眸で凝っと追い駆ける。

あの方に牙を剥く男。捉えんと虎視眈々と狙う男。
それならば俺の敵。その顔憶えておいて損は無い。

部屋内から出てきた見知る顔、王様付内官長が扉前の俺を見つけ、内へ声を掛ける。
「王様。護軍チェ・ヨンが王様への御目通りを」

その声を受け、続いて部屋からトルベ達が出て来る。
一様に優れぬ顔色。苦渋の滲む表情。
「・・・何だ」

俺の声に応える事無く、奴らが無言で頭を下げる。
その時、部屋内から出て来た内官長が首を振った。
「お会いにならぬと・・・」

此処まで来てまさしく門前払い。
重臣の表情、迂達赤のその顔色、そして先刻の王妃媽媽の御言葉。

─── 待ち侘びておいでです。近頃滅多に顔を見せる事が無いと。

黒雲の予感は確信へ変わる。何かがあった。
「何があった」
「お会いにはなれませぬ」

内官長がやや声を強くして、目前の俺へ言い放つ。
並ぶ迂達赤に目を移せばトクマンは苦し気に首を振り、他の奴らから声が戻る事も無い。

振り向かず佇む俺の背後、此方を凝視していた男の立ち去る沓音が静かな回廊に響く。

元断事官。奴の気配が沓音と共に遠くなる。

殿に籠り俺の拝謁を拒まれる王様。何かが起きた。

それでも此処で足を止める訳にはいかん。
流されるのではなく逃がすと決めたなら。
その最後の瞬間まで諦められぬ方だから。

あの天門を帰る小さな背を見送るまで、決して離れたくないから。

叶わぬ御目通りを待ち刻を無駄には出来ん。
俺はその場の全員に背を向け、回廊を戻り始めた。

 

*****

 

チェ・ヨンの声はもう続かぬ。諦めたか呆れたか。

そなたに今会う訳にはいかぬ。会えば仔細を伝えずにおられぬ。
仔細を伝えれば、その場でそなたに見捨てられよう。

何たる弱腰の男か、これが己の選んだ王かと。
己の慕う女を生贄に差し出し、代わりに国の安泰を計るかと。

そして伝えてしまえば、そなたは逆臣と成る。
王命に背き医仙を逃がした反逆者として、捕らえぬ訳にいかぬ。

故に逃げよ。一心に逃げよ。振り向かず、この声を発する前に。

背後を僅かの内官と迂達赤が守るだけの宣任殿の部屋の中。
並んだ臣は既に去り、其処にこの心を打ち明ける者はない。
そして打ち明けられる唯一の者、最初の民を己から拒んだ。

寡人は今、とても独りだ。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    さらんさん❤
    迷惑なんてかかってませんよ(^-^)
    どんなに変則的でも、さらんさんのお話を読めるのだから嬉しいです!
    本当に癒されてます❤

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    王様も つらい…
    孤独だね。
    大事な民を守れば 結局
    1人きり。
    そんなことないよ 王妃様だって いるよ
    でもね~ 
    冷たいけど ヨンへの情け
    。゚(T^T)゚。
    それが お互いわかり合えるまでに
    なったのも 素晴らしいけどね

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