2016 再開祭 | 金蓮花・弐

 

 

宣任殿に踏み込む寡人に居並ぶ重臣らが頭を下げる。
その表情は一様に硬く、此方をじっと見つめている。

卓を挟み席を取る元の断事官らは踏み入った寡人を見ようともせず、背を向けたまま。
属国の王など出迎える価値は疎か、視線も声を掛ける必要も無いと云う傲岸さの無言の提示か。

「余を呼びつけたのはそなたか」
頭を下げる事すらないまま、元の断事官が尊大に応える。
「断事官を仰せつかったソン・ユと申します。王様」

此方も己に礼をせぬ使臣に下げる頭の持ち合わせは無い。
「それで」

据えられた卓の玉座へ腰を下ろすと、断事官は立ったまま此方を睥睨し言葉を続けた。
「皇帝陛下より仰せつかりました。この十数年幾度も高麗王を挿げ替えたが、誰一人王の器に非ず。
最早高麗王は信用ならぬと」

断事官の不穏な言葉に室内の警護に立つ迂達赤が顔を上げた。
重臣として参列していたイ・ジェヒョンが険しい顔で吐き捨てる。
「此処まで侮辱されても耐えねばなりませぬか、王様」

イ・ジェヒョンと共にチェ・ヨンが集めて来たイ・セクも血相を変え、叫ぶように言い募る。
「聞くに堪えませぬ、王様!」
「それで」
立ったままの断事官へと尋ねる。
寡人に許しも得ず都堂を開き、我が国の重臣を呼び集めた上に、迂達赤精鋭が取り囲む部屋での暴言。
一体何が望みなのか、その肚の裡を確かめてからでも遅くはない。

「王様、元から授けられた玉璽を粗末に扱いましたか。皇宮からお逃げになられましたか」
断事官は声音を変えるでもなく淡々と問う。
答などとうに判っておろう。言質を取る為の確認に過ぎぬ。
「事実だ。続けよ」

最初から総て調べ、決めてからこうして対面している筈だ。
それが証に断事官は息を吐き、一本調子な声を続ける。
「これで名分が立ちました。高麗は国でなく、完全に元の行省として取り込みます」

名分。そんなものを探す為、寡人の重臣らまで集めたと言うか。
「断れば如何する」
「その時には、元との戦は避けられませぬ」
「此方も黙って国を奪われるわけには行かぬ。受けて立とう」
「よもや戦に勝てるとお思いか」
「負け戦であろうと、戦わねばならぬ時がある」
「ご立派なお言葉ですが、負け戦に駆り出され無駄な血を流すのは罪もない民でございます」
「小賢しい綺麗言で誤魔化すな。亡国の危機に瀕して、戦を恐れる民がおろうか」
「小臣、元の断事官ではありますが、生まれは高麗です」
「それが如何した」
「高麗人として最後に祖国が存在できる道を模索しに、此度の使臣として参った次第」

丁々発止の遣り取りの末、突如変わった風向きの真意が読めず、小さく首を捻る。

民に血を流させず、祖国が滅亡せず生き残れる道。
そんな都合の良い道が果たして真に残されておるのか。

断事官との烈しい睨み合いの中、部屋の重臣らが息を呑む。
其処に誰より居て欲しいあの男の影は無い。
チェ・ヨン。寡人に残された道はあるのか。

部下が戦で血を流し、陰で誰より心を痛めて来た。
昏い霊廟で一人きり、逝った兵に声を掛けていた。

チェ・ヨン。そなたなら今どんな道を取る。

 

*****

 

宣任殿の中。
王様のおわす部屋へと続く最後の回廊、朱塗柱の間を全て青褐の迂達赤鎧が固めている。
左右四尺間隔で立つ見慣れた顔が、通り過ぎる俺に次々頭を下げる。

だが最後の扉を守る内官は見慣れぬ顔だ。
扉に寄る俺にその内官は慇懃無礼に頭を下げた。
「お通しできません」
「何故」
「召集を受けた方以外、お通しするなと通達が」

声すら漏れ来ぬ宣任殿の扉奥。何が話されているのか。
少なくとも招集を受けた者の中にはあのイ・セクが、そしてその師イ・ジェヒョンがいる。

奴らを信用する程には深く知らん。
それでも元が完全に王様の敵へ回るまで、試金石として刻稼ぎにはなるだろう。
それすら出来ぬ木偶の棒なら、初めから王様の御許国の碌を食む資格など無い。

そして何よりチュンソクが、トルベが、トクマンたちが其処に居る。
断事官が宗主国の立場を嵩に暴挙暴言に踏み出した時には、奴らが体を張って王様をお守りする。
奴らにこの思いが通じ、継いでくれると信じるしかない。

隔てられた翡翠色の格子扉前。その向うに光る白い陽の光を見る。

 

 

 

 

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