2016 再開祭 | 金蓮花・肆

 

 

王様にお会い出来ずとも。そしてこの後何が起きようとも。
足を止める訳にはいかん。何故なら心が急かせるから。

迂達赤の私室で三和土に腰掛け、行李に私物を放り込む。
其処に詰め込む荷の少なさに、先刻の医仙の荷作りを思い出す。

あの方には持ち切れぬ程の思い出がある。
決して長くはなかったこの地の滞在で、あれ程の荷を選ばねばならぬ程に。
そしてこの荷の少なさが、俺の此処での七年を物語る。

思い出など要らぬと全てに背を向け見る事を拒み、死ねる日を数え続けたこの七年を。

そんな日々を温めて下さった方。
凍った俺を溶かし、眠りの沼から引き摺り出して下さった方。
色彩を思い出させて下さった方。
生きる事の意味と、護る事の意味を胸に蘇らせて下さった方。
だから諦めん。最初の誓いを叶える事も、最後まで共に過ごす事も。

「都堂会議で何があった」
「それが・・・未だ王様の御気持ちがはっきりせず」
確かめても口籠る歯切れの悪いチュンソクの声は途中で切れる。
質素な荷を整頓する俺の前、背を伸ばした奴はようやく声を重ねた。
「はっきりしているのは、迂達赤を二百名へ増員せよとのご命令です。
しかしその人数を補うには、入隊資格を緩めるしかなく・・・」

俺に向かっては言い難いのだろう。
何しろ泥土を這うような入隊試技を通過した者しか、この七年受け入れて来なかった。
家柄や縁故など糞喰らえ。
俺の真正面から的を射る度胸と弓の腕、トルベと打ち合う気概のある槍の腕。
チュンソクの襟くらいは掴める手縛の腕、チュソクの剛腕と三打交わせる剣の腕。

それでも隊の実務を熟して来たのは俺ではない。俺はただ遣える奴が欲しかった。
迂達赤を近衛隊として動かして来たのは此奴だ。
「この七年、迂達赤を実際に率いて来たのはお前だろ」
「・・・まあ、ある意味ではそうとも言えますが」
「元の断事官」
「は」

例え俺には告げられずとも、宣任殿での王様との応酬を目にしたチュンソクなら正しく判じられるに違いない。
信じるしかない。
「迂達赤をつけろ」
「護衛ですか、それとも尾行で」

そう尋ねるならこの男も、どちらが必要か判じかねている訳か。
元の断事官が敵か、それとも味方か。
しかし俺にそれを見極める刻は無い。

「・・・良い」
俺の溜息にチュンソクは何処か不思議そうな目を向ける。
「は」
三和土に腰を降ろしたままでその顔を見上げ
「王様は昨夜も寝付かれぬご様子か」
尋ねると奴は思い返すよう答えた。

「はい。明け方まで書類の山をご覧になっておられました」
「元の断事官が徳興君と通じているのは明らかだ。故に」
「どうしますか」
「護衛を・・・」

護衛を。断事官に、王様に。必ずお守りせねばならん。
しかし王様の護衛を増やせば、自ずと元との係りに影響が出る。

徳興君を警戒し護衛を増員したと判じられれば。
王様と徳興君との間に摩擦が生じている事が露呈し、元に足許を見られ兼ねん。

口実。護衛の増員の名目。しかしそれを考えるのは。
「・・・いや、良い」

俺は行く。少なくとも今此処で奴らを率いていくのは俺では無い。
口実も名目も俺が見つけても無意味。これ以上の俺の声など不要。
「事が起きてからでは手遅れだ。相手の肚を予測して動け」
「判りました」
「王様は一人で悩みを抱え込む方だ。あまりにひどくお辛そうなら、王妃媽媽の許へお連れしろ」
「は」

王様には王妃媽媽がいらっしゃる。
御二人で手を携え、御気持ちを重ね合う御二人ならば心配は無かろう。
「それから」
「は」

最後に残せるのはこれだけだ。

少なくとも俺は七年此処に居た。どれ程この眸を耳を塞いで来ても。
それでもお前が、お前らが俺の何かを見て来たと言ってくれるなら。

「頼んだぞ」
「は」

チュンソクは頷いてから俺の言葉を反芻したのだろう。
怪訝な目を上げ、眉を僅かに寄せた。
「・・・は?」
「私物が入ってる」

これ以上残す物はない。言葉も荷物も思い出も。
行李の蓋を閉め、最後にその簡素な錠を掛ける。

チュンソクがそれを預かるよう両腕で持ち上げ
「判りました。何処に保管しておきますか」

確める声に答はない。再び戻るかも答えられぬ俺が。
「適当に処分しろ」
断言できるのはそれだけだ。

腰を上げ部屋を出ていく俺に惑うよう
「処分、ですか」

この背を目で追うチュンソクの事も、抱えられた行李の中の僅かな私物をも振り返る事はない。
俺は勝手だ。それでもこの道しか選べない。
あの方が一番で、国を守る意味さえ判らぬ。

鬼剣だけを握り私室の階を上がる俺と己の腕の行李を、チュンソクの戸惑うような目が幾度か行き来した。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    ヨンの7年が 私物の量でわかっちゃう
    さみしい時間でした。 
    これから ウンスとの思い出が…
    それが 支えになるかもって 
    まだまだ まだよ~
    チュンソクも 困っちゃうわよね
    毎回、毎回… これをどうしろと… (゚ー゚;

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