「もしや王妃は既に開京におらぬかもしれん。連れ去られたか」
康安殿の部屋内、居並ぶドチとチェ尚宮、そして迂達赤副隊長の誰にともなく声を上げる。
「現在開京と周辺の村を捜索中です。王妃媽媽がご消息を絶ち、道は直ぐに全て封鎖致しました。
掻い潜るのは不可能です」
チェ尚宮の声に滲む苦渋。同じものが其処に控えるドチや副隊長の顔にもありありと浮かぶ。
「いや、それならば見落としがあるのだ。全軍に告げよ。全家屋を調べ、全ての道を調べ、それでも見つからねば」
声が続かぬ。それで見つからねば。
「手遅れに、なれば・・・」
答は最初から判っていたのだ。こうするしかない事が。
そして寡人の王妃は、吾子を宿して下さったあの方は、寡人の持つ何と引き換えにしても惜しくない方だと。
「徳興君を呼べ」
「・・・畏まりました、王様」
ドチはそれ以上一言も発する事なく殿を下がる。
それとて寡人と同じ結論だという、無言の証であろう。
「王様」
チェ尚宮が呼んだきり、言葉を呑んで黙り込む。
それとて寡人の疑いが考えが正しいという証であろう。
「判っていた。最初から。このような所業あの男以外におらぬと。そして何を要求して来るかも明白であると」
寡人の独白の呟きに、否定の声は誰からも返らぬ。
そうだ。判っておった。
残された道はせめてあの叔父が、この国を存続させる程度の矜持は持ち合わせておると、祈るしかない事は。
それでも王妃だけは取り返さねばならぬ。 例え何と引換にしても必ずこの手に取り返さねばならぬのだ。
*****
「船で帰りたい」
邑を発った途端に言われ、唯でさえ重い足が止まる。
「疲れましたか」
「違う。その方が早いでしょ?」
「・・・判りました」
帰京したとて、王様と王妃媽媽の御無事を確かめるだけだ。
この方の帰京が公になれば、二度と逃げる事は叶わぬかも知れん。
能うなら誰にも知られず内密に戻り、両陛下の無事が判ればそのまま消える。
そう出来れば最良だ。それには船も、そして馬を借りるのも目立ち過ぎる。
船着き場なり厩なり、其処から跡を追われる事は十分に考えられる。
それでもあなたが俺の為に帰ると言うなら、船だろうが馬だろうが。
どれ程其処から足がつき、追手が掛かろうが構わない。
あなたに指一本触れようとする者は、相手が誰であろうと赦さない。
「わーい。これで帰りは楽々ね!」
この心など知らぬあなたは、小さな手を打ってはしゃぐ。
「・・・イムジャ」
「なあに?」
俺が戻れば王妃媽媽が助かる。
俺は一人では戻らぬし、あなたを一人で行かせる事もない。
では共に帰る、そう決めて下さったまではまだ判る。
けれどそれ程までに決意する何が、新たな天の手帳に記されていたのか。
「無事が判れば、すぐに天門へ」
「うん。約束する」
「必ず共に」
「信じてよ、1人で勝手に飛び出したりしないってば!」
「・・・はい」
信じていても確かめたい。決して独りで危険な目には遭わせない。
俺は知らなかった。この時既に心の中、あなたが何を決めていたか。
あなたがどれ程俺を想って下さっているのか。
己だけが焦がれ追い求めていると思っていた。
あなたさえ無事で天界に帰って下されば、他の事はどうでも良いと。
イムジャ、俺は何一つ知らなかった。
あなたがどれ程の苦しさと悩みの末に、心を決めてくれたのか。
どれ程の決意と共に俺の為だけに笑い泣いて下さっているのか。
あなたの心も体も護る為には、俺は何をせねばならなかったか。
俺はいつでも遠回りをし過ぎて、惑って迷って考え過ぎたから。
だから遅くなったのだ、あなたに積もる心の想いを伝える事が。
今日の最後の船を掴まえる為、手を引いて船着き場へと駆ける。
一旦戻ると決めたなら、一刻も早く。
*****
「ちょっとちょっと、あんたら何しに戻って来たんだい!」
開京が闇に呑まれる頃、その帳に紛れ漸く手裏房の店へ顔を出した俺達に、マンボが仰天した声を上げる。
「逃げたんじゃないのかい、よりによって都がこんな大変な時に」
「何かあったんですか?」
その形相でも只事でないのは判る。
「何だ」
「王妃が攫われたのさ!出先で目を離した隙に」
マンボの大きな声に、思わず並ぶこの方と目を見交わす。
判らぬのはあの天の手帳が、何故これ程に先読みを当てるのか。
「何だい、それを知ってて戻って来た訳じゃないのかい」
マンボの声でシウルもチホも、俺とこの方の顔を見比べる。
確かに余りに間が良すぎると、不思議がられても仕方ない。
その時背後からの足音に振り返れば、白衣の男が長い髪を遊ばせ此方へ向けて戻って来る。
「徳興君が皇宮へ呼ばれた。こんな夜半に」
まだ間に合うのか。逸る気を抑えて声を張る。
「留守中の経緯を聞かせろ」
奥の卓に陣取る俺に、この方を除くその場の全員が駆け寄った。

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恋しちゃったんだもん
力になってあげたいじゃない。
命がけで守ってくれる人
命がけでも、もどらなきゃ
自分のためでもあるし
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分かっているお話なのです。何度も繰り返して観た場面なのです。なのに、ヨンの想い、ウンスの想いに涙が溢れました…。
分かっている結果なのに、ドキドキが止まりません。
場面場面の隙間…、そこで交わされていた、ヨンとウンスの言葉や態度…。互いを労り、心配しながらの逃避行。でも、都へ、皇宮のある都へ、戻ってきました。
紡ぐ言葉…ヨンとウンスの心の機微…
この心に響きます。
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さらんさん。朝から泣きそうです。
後のヨンの心の声・・・。
思えばヨンは自分が愛されるべき存在だと言う事を長い間忘れて生きて来たんですものね・・・。
そして帰ってから思い知るんですね。ウンスの愛を。
シンイの中でヨンの心が少しずつ変化していく様。
早く逝きたい。願わくば戦場で死にたい→護る相手がいる。故に死ねぬ→愛されている。故に死ねぬ→愛されている。故に死なん。
そんな感じだったのかなぁ???などと一人思いました。
素敵なお話し有難うございます。