2016 再開祭 | 気魂合競・丗伍

 

 

俺達が近寄る目印は、人垣の中から突き出た槍。
チホがようよう人垣を掻き分けて進み、その後をどうにかシウルが付いて来た。

周囲の者らも此処まで勝ち残った俺達が相手では、文句の言いようもないのだろう。
ない隙間を見つけるようにどうにか左右に避け、二人を通してくれる。

ぎゅう詰めの人垣を声の届く処まで辿り着き、息を切らして奴らが言った。
「あいつらの居場所が判った。別に隠れてもないみてえだ。外廓のすぐ入り口のあばら家をねぐらにしてる。
念のため見張りは置いて来たけど、逃げそうな様子もねえぞ」
「・・・そうか」
「残ってるのはあと二人だ。残りが手裏房。一人は」
チホはさりげなく視線で残った五人を指す。

続きを聞く前に
「一人は奴だ。鹿皮履の男。もう一人は長髪を結った奴」
托克托の戦士の二人と思わしき男らをこの眸で示すと
「知ってたのかよ、旦那」
シウルが呟いて俺を見た。
「当寸法だ」
その返答にヒドが小さな顎の動きで応える。
「成程な」

昨日の取組は禄に見られなかった。だが今日の一戦で判る。
何方の男とも勝ち残った初回の取組を見ただけで。

鹿皮履の男は禁軍の兵を、軸足を払った勢いから掬い投げた。
長髪の男は手裏房らしき相手に足を掛けたまま横抱きに抱え、脇を崩すよう海老反りで後向きに放り投げた。

何方も俺より一回り体は小さい。だが身幅は充分にある。
そしてその技。
ぎりぎりまで体を低くしながら、決してその体が先に地に着かぬよう腰や背を撓らせる独特の型。
そんな技は高麗では見た事がない。

高麗の角力は正面から四つに組み力で投げるか抑え込む技が多い。
托克托の戦士らは主に足技、関節技と投げ技を用いる。
奴ら自身も関節が柔らかい。
先に技を決めねば、固める前に此方の腕を擦り抜けて反撃に転じて来る。

「じゃあ俺達、トクマンにも伝えて来るからさ」
それ以上何も言わずにいる俺に焦れたか、シウルは言い残すと人垣の中へ紛れた。

また二人になった俺の横、ヒドがゆるゆると両の肩を廻して呼ぶ。
「ヨンア」
「何だ」
「お前には気に喰わぬこともあろう。たかが角力でこうして相手の情報を事前に調べる事もな。だが」

肩を廻しながら人垣の中を見渡すヒドの眼がひと処で止まる。
「時には必要だ。綺麗汚いの問題ではない」

その視線の先には此方へ微笑む鳶色の瞳。
大きく振られる手に微笑み返すと、あの方を守る周囲の者らも気付いて頭を下げる。

そうだ。あそこで微笑むあの方が係っている。
ヒドの言う通り、綺麗だ汚いだと言っている場合ではない。
誰が相手だろうと、如何な戦い方だろうと。
「迂達赤隊長か」

ヒドはあの方の横、敬姫様と並ぶチュンソクを見つけ意外そうな声を上げた。
「俺も無様な負け方は出来ん」
奴はそう残し、先刻まで腰を下ろしていた長椅子に戻って行く。

誰の為、何の為に闘うかは人それぞれ違う。
大切な者を護る為。負かした者に恥じぬ為。そしてもしかしたら。

その背に続いて長椅子に戻りながら、雲が重さを増す曇天の許、鹿皮履の男と長髪の男を眸で確かめる。

もうこの世で会えぬ、誰かの名誉を守る為。

それでも勝ちを譲る気はない。それではあの方を譲る事になる。
たかが市井の角力でも道を曲げられぬ俺は、男達から視線を逸らしヒドの背を追った。

 

頭では判っている筈だ。決して愚かな男ではない。
相手の肚を読み、手の先を読み、大小あらゆる戦に精通し、酔客相手であっても売られた喧嘩に至るまで、負けを潔しとせぬ勝気な弟。

その戦い方には喧嘩だろうと戦だろうと変わらぬ頑迷な芯がある。
汚い手だけは何があろうと絶対に使わん。いや、使えんと言う方が正しかろう。

二人で並ぶ長椅子の横、視界の隅に不満げに結んだ唇が見える。
相変わらずの子供じみた弟の仕草に忍び笑いを漏らす。

こ奴の持ち味でもあり、その気質の所為もある。
肚を読むために頭を下げる真似は出来ても、実際に手にした相手の弱みに付け込んで戦う事を善しとせん。
常に正々堂々と正面突破を旨とする、それは諸刃の剣になる。
柔よく剛を制す。柳が折れぬのは風に吹かれて撓るからだ。

真直ぐ行くのも良いだろう。たかが角力の一戦でどうこう口を挟むつもりはない。
しかしそれが命を遣り取りする戦にまで及ぶのだとすれば、時に己を危険に曝すと覚えて欲しい。

俺が常に共に居られるわけではない。
こ奴の質では部下や周囲を危険に曝すくらいなら、危険な役目は己が全て引き受けるだろう。
だが周囲の者は皆、そんなお前を支え助けたいと願っている。
たかが市井の角力でも、あの女人を人質に取られた格好になった事で、必死で相手に喰らいついて行く事でも判る。

俺も、テマンも、手裏房も、迂達赤も、そして禁軍らも。
そろそろそんな男らに頼る方法も憶えるべきだ。一人で背負う事が時に周囲に余分な負担をかけると。
お前の為に皆が本気で、その道を塞ぐ敵を退ける事を教えてやる。
それ以上教えられる物など多くない。何しろ武技にしろ内功にしろ、この弟の方が既に俺より遥か上を行っている。

それまで雨が降り出さずにいれば良いが。
願いつつ俺は、再び頭上を覆う天を見上げた。

 

 

 

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3 件のコメント

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    ヒドさんの心ある見極め…血の繋りではない家族の為に守りたいんだね(ToT)大事な者の愛する者を(^_^;)ウンスやヨンアの周りは表現は下手かもだけど気持ちはみんな同じなんだよね(///∇///)凄いです(ToT)

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