2016 再開祭 | 紙婚式・肆

 

 

そんな言葉を交わしつつ朝に確かめた暦が今は月光の中、寝屋の小卓上に据えられていた。
戌の刻過ぎに寝台に横たわり寝付ける筈もないのだろう。
この方は腕の中で胸に擦り寄り、俺の顔を見上げている。

「ねえ、ヨンア」
「・・・はい」
胸元から呼ぶ声に頷くとあなたの声が不安げに色を変える。

「今日のあなた、どっか変よ。どうしたの?」
「特に」
「だってこんなに早い時間なのに、寝ようなんて言いだすし」
言いながら額に、続いて手首に伸ばされる細い指。
その動きに身を任せたまま、薄明りの中の温かさだけを追う。

「脈はいつもと変わりないけど。今、どこかつらい?」
「いえ、全く」

変だと言うならあなたの方だ。
暦に記すほどその日を大切に思いながら、欲しい品を尋ねても何一つ教えず。
だが俺の気配に誰より敏感なこの方を、無駄に心配させたい訳ではないから。

訊くべきか黙すべきか。一瞬考え口を開く。

「・・・イムジャ」
「なあに?」
「天界では記念の日はどう祝うのですか」
「え?」

寝台の上の俺の視線の行き先を辿り、暦の赤い印を確かめて、あなたは得心したように頷いた。
「ああ!結婚記念日?」
「はい」
「あのね、記念日ごとにいろいろあるの。1年目が紙婚式、2年目が綿、3年目が皮・・・
4年目が花、5年目が木で6年目が鉄。だんだんと強くなってく感じがするでしょ?」
「はい」

確かにその通りだ。紙、綿、皮。

綿布は元から入手する上品だが、天界は違うのだろうか。
皮より花が強いのかは疑問が残るが、花、木、そして鉄。
確かに突拍子もない感はある。それまでの綿だ花だから、突然鉄。
それでも俺が話に興を示したのが嬉しいか、月の中のあなたの声は尚更明るくなってきた。

「そうそう、いきなり急に強くなるって思って覚えてる。7年目が銅で8年目が何とゴムなのよね。
9年目が陶器。割れそうじゃない?で10年目が区切りの錫。そのあともあるわよ?25年目が」
「・・・十年の後が二十と五年・・・」

指を折りつつ弾むこの方の声に、黙っていられず思わず割り込む。
妙だろう。一年目から十年まで名があって、いきなり二十五年。
その間の十と五年は一体何処に消えるのだ。

怪訝な俺の声に賛同するよう、この方も深く頷いた。
「そうなのよね。まあ10年経てば、離婚率も低くなるってことなのかも知れないけど。
その間もあったと思うけど、忘れちゃったな。
25年目が銀婚式、30年目が真珠、何と50年目が金婚式で・・・
その間にも何回かあったと思うけど。確か最高がプラチナ婚式でその前がダイアモンド婚式。
ダイアがプラチナより前なんだって思った記憶があるわ。プラチナ婚式なんて、結婚70年とか75年よ?
それじゃあいくらお互いに愛し合っても、寿命の問題があるわよねぇ。特に晩婚世代だと」

だいあもんどが金剛石というのは、指の輪の騒動で憶えている。
ひとまず他に連なった判らぬ天界の言の葉の委細は脇に置き、その記念日の流儀を頭に叩き込む。

「紙、綿、皮、花」
先刻の題目を唱え始めた俺に、あなたは笑って後を続けた。
「うん。その後が木、鉄、銅、ゴム」

ごむとはいったい何なのか。鉄よりも強いのか。
さぞ強い剣が拵えられようと思いながら、続いてそれを繰る。
「木、鉄、銅、ごむ」

繰り返すこの声に満足そうな顔で、
「うん。それから陶器、錫。これで10周年」
「何故鉄より陶器が強いのですか」

俺の問い掛けにこの方は、不思議そうに首を捻る。
胸に擦り寄った頭を傾げられ、反射的に強く抱き締めようと動きたがる腕を戒める。

抱き竦めている場合ではない。まずは大切な話を確かめるのが先だ。
この方は何処にも消えぬ。
消えたいと思われぬ為に、いつもこの腕の中に居たいと思って頂く為に。

まずは微に入り細を穿つ調べと、それを実行に移す策が必要だ。
天寿さえ許せばぷらちなとやらの、七十回の婚儀の記念日を共に迎える為に。

その時には互いに百の齢を超える。まさに偕老同穴の契り。
それでも共に居たいと請うる。決して手放せぬと願うから。
しかし契を交わしたいあなたは、至極のんびりと問いに答える。

「んー、私が決めたんじゃないから分からないけど。それを聞いた時、私も変だなあって思ったわ。
陶製の物って壊れるイメージがあるから、結婚式関連のおめでたい時には陶器やガラス製品を贈るのを避ける国もあるしね。あ、でも」

この方は余程詳しいのか。
それとも女人とは得てしてこうした婚儀絡みの話を好むのか。
寝台の上、腕の中の声は留まる事を知らぬげに弾む。

「国によっては、っていうより、宗教によっては、結婚式の時にわざとグラスを踏んで割ったりするところもあるから。
特に気にしなくていいのかもねー」
「ぐらす」
「ああ、うん。ガラスでできた器よ。飲み物を飲むのに使うの」
「わざわざ踏み潰すのですか」
「でしょ?不思議よね。もちろん何か宗教上の意味があるんだろうけど、そこまで詳しくは調べてないから」

訊けば訊く程に判らなくなって来る。
そんなに数多の秩序と則があるなら、一体何を贈れば良いのか。
今のこの倖せに一点の曇りも汚点もつけたくない。
縁起を担ぐこの方に、何も知らず縁起の悪い品を渡すのも御免だ。

縁起の良い品。天界の則。
眺めるたび必ずあの今までで最も美しかった秋の日を、幾度でも胸に思い出せる何か。
けれど尋ねた処で色好い返答も欲しい物も教えて頂けぬなら、何を頼りに探せば良い。

袋小路に迷い込んだ心持で、俺は腕の中の愉し気な声に曖昧に頷いた。

 

 

 

 

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