2016 再開祭 | 金蓮花・廿陸

 

 

間一髪、あの若い男の襲撃の所為で気が削がれたのだろう。
あの時確かに感じた殺気は幼い未熟な刺客のものではない。

その気配を追うだけで居場所が分かる程に。但し内功遣いでは無い。
それならば完全に気配も殺気も消し去り、再び襲う場所と策を練る。
こうして追える。即ち気を操れていないという事になる。

「此方から出向いた。出て来い」

初めてだな、先刻の無謀な餓鬼を除いては。
低い石垣に両脇を阻まれた一本道。
この声と共に目前に飛び出す黒笠、黒装束の男を見遣る。

酒屋、林道、常に賞金稼ぎの奴らは徒党を組んで此方を狙って来た。
四人、二人、三人。一人で来たからには、腕に覚えもあるのだろう。

「おとなしく帰れ。相手する気分ではない」

答の代わりに無言で剣が振り下ろされる。右、左、右。
切先を躱し、鬼剣で受け止め払いながらその筋を読む。
今迄では一番まともな遣い手だという事は判った。それでもこの足を止めるには不足過ぎる。

四打目を受けて躱し再び向かい合い、黒笠の下の無表情な目を見る。
「命が惜しくないのか」
無口な男は飽くまで剣で語りたいらしい。若しくは元の放った者か。
この言葉が通じているのかすら判らんまま、無言で斬りかかられる。

上段の三打を互いに合わせ、後方の石壁が迫った処で身を翻すと脇の石垣に脚を掛け、その上へ跳び上がる。
相手も同じよう逆側への低い石垣へ飛び上がり、互いに細道を隔てて上を伝いながら次の交打の契機を探る。

「かなり人を斬ったろう。嫌気が差さんか」
互いに伝い歩く石垣の端。終わりは近い。すぐ其処に。
「斬って。また斬って」

その声に細道向こうの石垣の気配が動く。だから言ったんだ。
内功遣いではない。
気を操ぬ者は一度放った殺気を、完全に消し切る事は出来ん。

相手が飛んだ次、半呼吸遅く足許の石垣を蹴って跳び上がる。
細道の上で秋の陽を受け、交叉する互いの剣が眩しく光った。

有利なのはほんの一瞬でも遅く飛び、敵の体の向きを見極める事。
此度は其処に勝機があった。

飛んで向き合った空中で相手の腹を蹴りつける。
勢いと痛みで、相手の握る剣がその手を離れる。

ほぼ同時に細道へ降り敵が剣を再び構え直す前に、その喉元へ鬼剣の切先を隙なく寄せる。
斬れば憂いは一つ減る。これ程の手練れ、野放しにして置いて良い事などないかも知れん。
まして元の放った刺客であれば。それでも。

「あの方も言っていた。流血は望まぬと」

黒笠の奥、初めて刺客の目に動揺と驚きが走る。
当然だろう。殺す気で向かって来た。負ければ殺されるのが定め。
「・・・駄目か」

最後まで答は返る事は無い。
刺客は地に落ちた剣を捨て置いたまま、無言でその場を駆け出した。
剣を捨て置き去ったが答えか。
それとも甘すぎる此方に勝機を見出しこの後幾度でも襲って来るか。

誰にも判らん。判っているのは。

今この掌に収まる鬼剣が、いつにも増して重い事だけだ。

 

*****

 

お願い。お願い。心配だけど動くなって言われたし。

何にお願いしてるんだろう。熱心なクリスチャンでもないし。
それなのにこうやって、何かに縋りつきたくなる心。

お願い、無事に帰ってきて。

その時聞こえる、待ち焦がれた足音に急いで立ち上がる。
あなたは大きな歩幅で駆け寄ると、心配そうに私を見た。
言葉は出ない、ただ目の前に立ってるあなたを確かめていく。
ERの基本よ。あ、チャン先生にも教わったわ。視診。

外科的な目視確認。四肢形状に異常はないか。出血部位は。
ほらあった。あなたの右肩の付け根。
黒っぽい厚手の上着で見落としがちだけど、上着が少し破れてる。出血もある。
「またケガしてる!」

うるさいかもしれないけど、思わず文句も出るってものよね。
地面の置いた包みに伸ばす手を遮るみたいに、あなたは私の腕を握って止めた。
「皇宮に戻るまで、そうして不機嫌なままですか」
「そうね、心配しすぎて怒りに変わっちゃったの」
「・・・判りました」
「戻ってくれるの?」
「行って、王様と王妃媽媽の無事だけを確かめます」

あなたは仕方ないって顔で渋々言った。
「お見通しです」
「何がよ?」
「独りでは行かせません」
「じゃあ、一緒なら帰ってくれる?」
「元の断事官はイムジャを連れ帰るのでなく、公開処刑を望んでいる」

あなたは最後に一息に告げた。
私が帰るって言い出さなければ、最後まで黙っていたはずの言葉。

ああ、だからだったの。 だからあなたは最後まであんなに嫌がってたの。
私に聞かせれば気にするだろうって、ずっと心配してくれてたの。
1人っきりで、私には隠したままで抱え込んで。

そうだったんだ。公開処刑。
実感は湧かないけど、そんなこともあり得るのがこの世界。
「そうなのね」
「それでも戻りますか」

それがあなたの 最後の日になっても

良いわ。決めたんだもの。
どうせ生きるなら、少しでも確率の高いあなたに生きてほしいしね?
そして手紙を残せるってことは、私にだって手紙を残すチャンスが、生きるチャンスがあるってことじゃない?

「上等よ」

顔を上げてあなたの瞳を真っすぐに見て、ハッキリ聞こえるように。
上等よ。賭ける。あなたを守れる私に。あなたが生きられる確率に。
私があんな悲しいメモじゃなく、もっと明るいメモを残せる確率に。

「・・・指一本触れさせません」
私を見るその瞳にも、声にも、心にも嘘がないことを私が誰よりも。
「うん、知ってる」
でも開京に戻る前に1つだけ、あなたのドクターとしてやらせてよ。
「まずはちょっと、傷見せて?」

私の声に観念したか、あなたは小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    ヨンの 必死だった 意味もわかり
    怖じけるどころか 開き直り
    「上等よぉ!」
    最後の日になったとしても
    ヨンを救えれば…
    助けられる命を助けられたら
    医者としても 本望よねー。

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    私は、信義の中でも、このシーンが心にきて好きで、
    二人の想い合う気持ちに、涙しましたρ(・・、)
    こんなに素敵に、画面からではみえない、
    二人の心を書いてくださり
    またまた涙でした(涙)
    最初から、ジーンとしながら読んでます。

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