2016 再開祭 | 寒椿・序

 

 

【 寒椿 】

 

 

目の前には真っ白い景色が広がっていた。
一面の雪景色というのはこれかと、妙に冷静な頭でそれを見る。

常緑樹の緑の合間に赤い椿が咲いていた。
クリスマスカラーだな。変な事に感心しながら、目前の男達の群れを眺めた。

こちらからも向こうからも、三歩の距離。
攻守のギリギリの間合い、さすが鎧を着ているだけの事はある。
周囲の雪の深さを確かめれば、優に1メートルは積もっている。
頭に浮かぶのは雪崩の事だ。アバランチコントロール。スラフにスラブ。

胸から吊ったホルスターの中の重い塊に手を伸ばしかけ止める。
もし抜いて発砲し、万一表層雪崩でも起きれば責任は負えない。
何しろ周辺は緩やかとは言え、斜面に囲まれている。
発砲し銃声が原因で表層に亀裂でも入れば、止める事は出来ないだろう。

そうだ、こういう机上の空論なら得意分野だ。

あの頃、ウンスの一件に巻き込まれていたのは不幸中の幸いか。
全ての事象に理由がある。Everything happens for a reason.

もしも彼女と出会った事も、そしてあんな別れ方だった事にも何かしらの理由、いや采配があったのだとすれば。

無神論者である事に変わりはない。
もし神というものが存在するなら今こそ膝を折り、一心不乱に祈るだろう。

どうかお願いだ。頼む。教えてくれ。その采配の理由を。
人知も常識も全て覆す、今のこの瞬間の状況は一体何なのかと。
俺はソウルのど真ん中、奉恩寺にいた筈だろう?あの日ウンスが消えた、白亜の仏像の前に。

彼女が消え、そして消えた理由すら誰にも話せず、先輩に対しても言葉を濁して来た。
何しろあの弥勒菩薩の裏に走り込んだのは、あそこにいた全員が目撃者。
彼女が張られる直前の規制線のテープを踏み越えて走って行った。
それは誰が何回呼び出され個別に取り調べられても、揺らぎようのない事実だった。
結局事実が何よりも強い。綻びの入る隙などないから。

そうだ、あれは紛れもない現実だった。先輩の、元同僚の、そして俺の目前でお前は消えた。
今この頭蓋骨の中は途轍もない現実逃避をしている。
目の前の光景がそうさせる。

なあ、ウンス。
あの頃お前が言った事が全て真実だと、今誰よりも実感している。
疑ったりはしていないつもりだった。
それでもあの話を聞いていなければ今頃は離人症ではないかと、きっと国情院のメディカルオフィスのドアを叩いたに違いない。

恥をかなぐり捨ててそうさせる、それくらいの非現実感。
消えたウンスの行方を追うため、何百回となく巻き戻し停止し、最新鋭の画像解析技術でミリ単位まで確認したあの鎧。
それを着ていたあの男。その長い腕が下げていた剣。

ウンス。
もしもお前に再会が叶えば、絶対に聞きたい事がある。
心理学も副専攻したと言っていたお前の専門分野だから。

これは本当に現実なのか?
これ程全力で現実認知を拒否している脳細胞を、一体どうやって宥めたら良いんだ?
男に拉致された後、お前はここで一体どうやって非現実感と折り合いをつけたんだ?

漫画で頬をつねって確かめる登場人物の気持ちが判るよ。
三歩の向こうから睨んでる・・・いや、悍ましいものを見る男たちの視線がなければ、とうにそうしているだろうな。

その男たちの手に握る剣。槍。構えた弓。そして片手の盾。
鎧の意匠は、あの時つぶさに確かめた男の物とは少し違う。
けれど確認した参考資料にはあった。目の前の男たちが着た鎧とそっくり同じ意匠の物が。
未だにそれを記憶している自分の脳細胞が、今は我慢できない程鬱陶しい。

導き出される結論はただ一つ。どれほど全力で否定しても、その事実は変わらない。
ここは高麗末期。恐らく崔瑩の時代1300年代後半で間違いない。

ポジティブに考えよう。そうだ、それは予備知識として活かせる。
見えない境界線を踏み越えるように雪の中を一歩出る。あの朝、規制線を踏み越えて走り去ったお前のように。
同時に盾を構えた男たちが、雪の中を一歩退く。

「あの」

一声かけた途端に、最前列の男たちの盾が上がる。
そしてその後列、構えた弓が一斉に引き絞られる。
下手な言葉を掛け、下手な動きをする、そんな事すれば一斉にそれは放たれるだろう。

先輩にどれだけ可愛がられて来たとは言え、こっちは生身だ。緊急時ではなく、防弾ヴェストも着けていない。
この非現実感の中で死にたくはないよな、さすがに。
現実逃避を続ける頭の隅で声がする。

バカだな。あの時誘いに乗っておけば良かったんだ。
素直にハーバードのPONを受講しておけば少しは役に立った。
何であれ程、ムキになって意地を張ったんだろうな。
そうだ。意地を張って手放して、独り後悔する癖は変わらない。

ゼロサムゲームは避ける。重要なのはアクティブ・リスニング。
畜生。生きてここから帰れたら、FBIのHRTにでも参加してやる。
アクティブ・リスニング。
しかしそうしようにも、男たちは睨むだけで一言も話さない。
まずはこちらからボールを投げるしかないだろう。

あの男が今、一体どんなランクなのか判らない。
ひとまず理解されそうな、当たり障りのない尋ね方といえば。

「近衛隊のチェ・ヨンさんに会いたいのですが。それから・・・ユ・ウンスという名前の女性の医師は、都にいますか?」

目前の男たちは武器を握り、列の左右の同胞と顔を見合わせた。

 

 

 

 

テウを高麗に呼んであげてください~
命がけで守ったウンスが幸せになっている姿を
見せてあげてください。
ヨンとも会わせてあげて欲しいです(^^)(811059さま)

 

 

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3 件のコメント

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    さらん様。
    お話、リクさせて頂いた811059です。
    今までの「再開祭」のたーくさんの素晴らしいお話を
    楽しみつつ今日の日を待ちわびておりました♪
    一回目だけはどーしても、いいね!の一番を取りたくて
    万全の準備をして待ってました^^
    本当に楽しみに、何度も自分の順番を確かめたりして。
    ありがとうございます。
    大好きなテウがどんなふうに高麗で過ごすのか心底楽しみに
    しています。
    さらん様、ありがとうございます!!

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    テウさんとの出会い、別れ、新しい恋。。
    オリキャラで気に入っていた方のお話なので、凄く楽しみです。続きが気になります。
    皆がHappyEndになれば良いなぁ

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